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書くたびに育つ法則

The Law That Grows As It Is Written

  • 3,663字
  • 約7分

前任者の最後のフィルム缶は、資料室の金庫にそのまま入っていた。最後まで巻き取られないままで。私はそれを開けなかった。

先に知らねばならなかった。何が数字を育てるのかを。それを知らずにあの缶を開けるのは、深さを知らずに坑へ降りるのと同じだったから——私はその時まだ、測量技師の日誌を読む前だった。

学者のやり方でいくことにした。変数を一つだけ残し、あとは縛る。

清算された古い元帳から、残高を三つ選んだ。互いに無関係な勘定、二度と書かれることのない死んだ数字たち。それらに甲、乙、丙と名を付けた。

甲:索引カードに書き写し、フィルムにも撮った。そしてカードとフィルムを金庫に入れて鍵をかけた。元帳のその面だけを、毎日一度ずつ覗くことにした。

乙:索引カードに書き写すだけにして、撮らなかった。

丙:書き写しも、撮りもしなかった。その残高がそこにあるという事実だけを、別の紙一枚に控えておいた——実験が終われば燃やす、私だけが見る紙に。元帳には手を触れなかった。

三日、そのまま置いた。

三日目の朝、三つの面を順に開いた。

甲の残高は末尾の桁が二つ増えていた。書き写し、撮ったもの。乙の残高は末尾が一つ増えた。書き写しただけのもの。丙の残高は——そのままだった。一桁も増えていない。書き写さなかったもの。

書き写すという行為が変数だ。書けば育ち、撮ればもっと育ち、書かなければ育たない。数字を育てるのは時間でも勘定でもない。それを記録する私だ。

指先の冷気には、もう慣れていた。慣れたという事実が、私をいっそう冷やした。

記録が対象を育てる。測定が深さを増す。私はその一文をどこかで読んだことがある気がした。読んだのではなく、これから読むことになるのだった。私はプナコティック文庫の箱へ行った。四束のうち、測量技師の日誌を開いた。

彼は一九二三年、江原道のある炭鉱で竪坑の深さを測っていた人だった。下げ振りの縄に一尋ごとに赤い糸を結び、坑へ垂らして、錘が底に触れる深さを数えた。彼の文を最後まで読むなという前任者の戒めを、私は知っていた。だが一行は、すでに目に入っていた。

同じ坑を、同じ縄で、半時のうちに二度測っただけなのに。測るたびに、一尋ずつ深い底に触れた。

測るたびに一尋ずつ。彼の坑は掘る者がいないのに深くなり、深さを書き留める者の数字だけが年ごとに育っていった。彼はそれを、縄が伸びたせいに、湿気のせいにした。私と同じように。そして最後に至って、彼は一行を書き留めた——測量技師とは坑の深さを測る人ではなく、坑がどれだけ深くなったかを我が身で書き取る一本の線なのだ、と。

七十年前の坑と、私の机の死んだ残高は、同じ法則の下にあった。測れば深くなり、書けば育つ。観察する手が対象を育てる。測量技師は坑に呑まれ、私は——まだ、死んだ数字を測っていた。

死んだ数字。その言葉で私は止まった。

私の実験は清算された残高でやったものだった。二度と書かれることのない、一人の手だけがたまに触れる死んだ数字。だから三日に一桁か二桁、ゆっくりと育った。

私はペンを置き、資料室の壁の掲示板を見た。本社が降ろしてきたその週の撮影割当表が貼ってあった。来週の私の仕事の一行目に、見覚えのある勘定分類が記されていた。

清算された帳簿ではなかった。生きている帳簿だった——自社の短期外貨借入金元帳。毎日の締めごとに書かれ、すべての端末に入力され、本社へ報告され、どこかもっと高いところへまた報告される数字。一人の手が三日に一度触れる死んだ残高が、三日で二桁育つのなら。

数百の手が一日に幾度も書き写すあの数字は、どれほど速く育っているのか。

生きている帳簿を扱うには、端末が要った。

資料室には、本社が廃棄直前に降ろしてきた与信端末が一台あった。製造中止の機種、外国製。私は自社の短期外貨借入の資料を照会しようと、その前に座った。それに電源を入れるのは初めてだった。

電源を入れると画面はひと呼吸ぶんの暗がりを含み、それから製造所の起動画面が浮かんだ。五か月ものあいだ資料室に押し込められていた端末が、初めて吐き出した光だった。画面の中ほど、製造所の印章の下にラテン語の一行が浮かび上がった——起動が終われば消える、誰も読まない社訓だ。

NUMERUS NON MENTITUR

私はその一文を知っている。読んだことはないのに、知っている。

測量技師の日誌に。一九二三年、江原道の炭鉱の巻き上げ機、あのドイツ製の鉄の枠に刻まれていた一行。下げ振りの縄を巻き取っていた、あの機械の銘板に。七十年前に坑の深さを測っていた機械と、今、私の前で外貨の残高を吐き出しているこの端末が、同じ社訓を掲げていた。

真鍮の台座の銘板に刻まれたラテン語の一行。私は五か月のあいだ、それを磨いただけで、読んでみたことがなかった。

測量技師も五か月、磨くばかりで読まなかった。私も五か月、押し込めたまま点けなかった。測る機械は、自らの社訓をなかなか読ませない。読まれる頃には、もう遅いのだ。

画面の下に小さな字で、同じ文の訳が刻まれていた。製造所が親切に添えておいたものだった。

NUMERUS NON MENTITUR ——「数字は嘘をつかない」。

それは慰めの言葉として作られたのだろう。帳簿を扱う者に、数字だけはお前を欺かない、と。しかし測量技師の坑は嘘をついたことがない。坑は測るたびに、正しく深くなった。数字は嘘をつかない——ただ、じっとしていない。

嘘をつかないその数字が何に向かって育つのかを、社訓は言わなかった。測量技師の機械も言わなかった。製造所は訳を添えながら、その一つだけは添えなかった。

起動が終わった。社訓が消え、照会画面が出た。私は自社の短期外貨借入金の勘定番号を入力した。生きている数字が——毎日の締めごとに、すべての端末で、本社へ、もっと高いところへ書き写されていくあの数字が——画面に浮かび上がった。

前任者の七月のカードより大きかった。今朝、清算元帳が追い上がってきたあの数字よりも大きかった。生きている帳簿は速かった。数百の手が毎日書き写すぶんだけ。

私はその数字を索引カードに移そうとペンを取った。そして止まった。書けば育つ。私が一桁を足すことになる。私はペンを取らず、画面の数字を目だけで覚えた。

その時、画面の片隅の日付表示が目に入った。端末は照会日付を自動で打ってくれた。そこには今日の日付があるはずだった。十一月一日。

そこに打たれていた日付は、十一月二日だった。

私は端末の時計を疑った。五か月切ってあったのだから、内蔵時計が一日ずれたのかもしれない。資料室の壁時計を見た。十一月一日、金曜の午後。腕時計も、その日の日報も一日だった。ずれているのは端末の時計だけなのだと、私は自分に言い聞かせた。

しかし端末が画面に吐き出したあの残高は、十一月一日の締めの数字ではなかった。まだ締めていない、十一月二日の数字だった。明日の帳簿が、端末の中ですでに書かれていた。

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