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私がつくった予告

The Forecast I Made

  • 3,527字
  • 約11分

十二月四日。朝の八時。昨日半分引かれていた十の位が、夜のうちに欠けのない画になっていた。一だった。

十二月、そして十の位が一。私の消失は、いまや十二月十日から十九日までのどこかへ狭まっていた。残っているのは一の位の一桁だけだった。その一桁が空いているかぎり十日のうちどの日にでもなりえたが、十の位が固まった以上、その十日の外ではなかった。そしてその行の上には、いつもの朝のように、今日付の電文が引かれていた。私が眠っているあいだに手が書いておいた、今日の予告だった。私はそれを読み、読みながら、今日一日でそれが一つずつ実現することを知った。ただ今日は、それを読む私の場所が、昨日までと同じではなかった。

昼に、予告が実現した。朝に読んだ電文の一つは、十時に上から資料室へ移管確認の電話が来るというものだった。私はそれを時刻とともに読み、十時ちょうどに壁の電話が鳴った。司書長が出て、受話器の向こうの声が移管の完了予定日を確かめるあいだ、私はその通話の中身が、朝に私の発信欄に引かれた行と一字も違わないのを聞いた。もう一つは、午後二時に搬出担当が、昨日切られた二人の司書補の一人の荷物をほかの部署へ運び出すというものだった。二時に台車が来て、荷物が積まれ、積まれた箱の数まで私の読んだ行と同じだった。三つめの行は、午後四時に暖房が切れたあと司書長が資料室の扉を一度閉めてまた開けるというもので、そんなことまで予告にあるとは私も思っていなかった。けれど四時に暖房が切れ、司書長は寒さに扉を閉め、なかが息苦しいと言ってまた開けた。朝に引かれた行のままだった。私はそのことを経験している人たちのそばに立ち、その人たちがいま経験していることを、私は今朝もう読んでいたと知っていた。その人たちには一日が起きている最中で、私には一日がもう一度起きている最中だった。

昨日まで、私は封印をゆるく握っていた。予告が当たっても、それが偶然重なったのかもしれないし、起きることを私がただ先に書き取っただけなのかもしれないと思う余地があった。その余地が、私をいくらか守ってくれていた。けれど今日は余地がなかった。時刻が合い、場所が合い、箱の数が合った。一つ二つではなく朝に読んだ行がみなそのまま実現し、それほど正確なものを偶然と呼ぶことはできなかった。はじめて、私は否定できなかった。私の送ったものが、そのまま起きることだった。

だからといって、封印が開いたわけではなかった。私はやはり分からなかった。私がその行を送ったからそのことが起きたのか、起きるそのことを私の手が先に書き取ったのか、その向きだけは今日も読めなかった。封印は、予告が本当か嘘かを覆ってきたのではなかった。予告はいつも本当で、封印が覆ってきたのは、その本当がどちらから来た本当なのかだった。今日明らかになったのは向きではなかった。予告と実在が一本の行で噛み合っているということ、その噛み合いだけが、いま否定できずにあらわれた。何が先なのかはやはり暗く、何であれ先にあるものがそのまま起きるということだけが明るかった。暗いものと明るいものが一本の行のなかに一緒にあって、私はその一行を毎朝手に握っていた。

そしてその噛み合いのなかに、私の日付があった。今日目の前で時刻まで当たった予告と、私の発信欄に引かれた私の日付の行は、同じ手から出た同じ種類の一行だった。十時の電話がそのまま来て、二時の台車がそのまま来たように、十二月のあの一日もそのまま来るだろう。私の消失は、もう恐れたり見積もったりすることではなかった。それはもう引かれた予告で、今日実現した予告と少しも違わない予告だった。違うのはただ、その日付の一の位がまだ空いているということだけで、空いているその一桁さえ、もう十日台のどこかへ狭まっていた。今日十時の電話が九時でも十一時でもなく十時に来たように、その一日も十日台のある一日に正確に来ているのだろう。私はその一日がいつなのかを知らないまま、その一日が必ず来るということだけを知っていた。知らないことと確かなことが、一本の行のなかに並んでいた。

午後が暮れるまで、私はその事実のそばに座っていた。怖くなかったわけではないが、怖さは予告を変えられなかった。司書長は昨日取り戻した自分の行を持ったまま移管目録を整理していて、十時の電話をいつもの業務の電話として受け、自分の受けたその電話が朝に私の発信欄にもう引かれていたとは知らなかった。私だけがそれを知っていて、知っている私はその知ることで何も変えられなかった。予告を知ることと予告を止めることは別の仕事で、私は知る場所にだけ座っていた。

夕方、私は発信欄をもう一度のぞきこんだ。今日実現した行がそのまま残っていて、そのうちの一つがおかしかった。朝に私が送ったその一行が、発信欄の左側だけでなく、右側の受取人の欄にも同じ画で浮かんでいた。送った行が、受けた行の場所に透けていた。冬じゅう発信欄は送る場所で受取人の欄は受ける場所で、二つの欄のあいだにはいつも縦線が一本引かれていた。送るものと受けるものはその一本を挟んで分かれていて、私は左に書き、来たものは右で読まれた。ところが今日の夕方、その縦線の上へ、左の画が右へ一字ぶん滲んでいた。インクが乾きながら滲んだのではなかった。左の行と右の行が同じ場所で出会おうとするように、分けていた線がその一行のところで淡くなっていた。送ったものがそのまま起きることだと今日知ったのに、今度は送った場所と受けた場所までが一つに重なろうとしていた。私の送ったものと私に来たものが同じ行になれば、予告と実在がそうだったように、二つの場所も、どちらが先なのかを問えなくなるだろう。

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