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同じ法則の違う入口

Do-gyeong's Depth

  • 3,505字
  • 約9分

四月一日。朝の八時。五つめの机の前に座った。

地下の資料室は四月になっても冬の匂いがした。換気口から下りてくる風が紙のあいだを通って乾いた黴の匂いを連れてきて、蛍光灯が一本、机の端で一定の間隔で明滅していた。端末の本文欄はその蛍光灯と違う拍子で明滅した。二つの明滅が食い違ったまま重なるあいだ、私は手をこすり、インクの凍っていないペンを選んだ。五つの束が去った机は真ん中が空いて、六番目の束が一つ、片端に置かれているだけだった。

六番目の束の第一章にはドギョンの最後の行がつながっていた。五番目の束は上へ行ったが、ドギョンの終わりの行は五番目の束の最後の章で切れて六番目の束の最初の行へ渡っていたので、切れた場所からこちら側は私の手に残っていた。ドギョンがどう閉じられたかを知るには、去った束ではなくこの渡ってきた一行と、配属の翌日に最後まで読んでおいた記憶を指せばよかった。ドギョンの深さを読むことにした。いちばん近い場所であり、私が閉じられていく場所と同じ種類の場所だった。

ドギョンは応答で閉じられた。ドギョンの日誌をはじめから終わりまで読むと、閉じられることは一度の押しから来た。発信欄に一字を押して一行を書き換えた仕事。生かそうとした仕事だった。あの日ドギョンは同期入社の名の最初の一字を発信欄に押したと書き残していた。押した指がしばらく震えたとも書かれていた。けれど一行を生かせば別の行がそのぶん育った。応答は席を入れ替える仕事だった。閉じられる席を移すだけで、閉じられる総量は減らない。生かした同期の席が空けば隣の席の知らない名がその深さを引き受け、ドギョンはその知らない名を最後まで見なかった。ドギョンは移して移して、移す席が尽きた果てに自分の行へ届いた。生かそうとした手が最後に生かす席として残したものが、自分の席だった。応答=席の入れ替え、その終わりが自分の席だった。

私は応答していない。発信欄を押したことがない。ただ保存した。束を測り、日付を書き、説明を写した。ドギョンが一行を移すたびに別の行が育ったように、私が一つの束を保存するたびにその束が育った。ドギョンの席の入れ替えが閉じられる総量を移したのなら、私の保存は総量を移しもせず、ただ増やした。応答は一つの席を生かそうとして別の席を閉じたが、保存は生かそうとする気持ちさえなく、ただ触れる場所を育てた。ドギョンの扉は生かそうとする手であり、私の扉は守ろうとする手だった。同じ法則の違う入口だった。

二つの入口が同じところへ抜けているということを、ドギョンの深さを自分の深さに重ねて知った。ドギョンの最後の行と端末の本文欄の私の行を並べて桁を合わせてみた。ドギョンの行は終わりから二桁が薄く、私の行は終わりから一桁が空いて明滅していた。薄さと空きは違う形だったが、どちらも終わりからはじまって内へ入ってきていた。ドギョンは応答するほど閉じられる席が自分へ近づき、私は保存するほど育つ場所が自分へ近づいた。ドギョンの最後の場所は自分が移しつづけて残した一行であり、私の最後の場所は自分が保存しつづけて育った一つの束だろう。ドギョンは移しても自分、移さなくても自分だった。私は保存しても自分、保存しなくても自分だろう。違う入口から入ったのに、なかで出会う場所は一つだった。ドギョンの二つの薄い桁と私の一つの空いた桁が、終わりから内へ同じ歩幅で歩いてきていた。

ドギョンはいまや読まれる深さだった。測量技師が深さを測っていてその深さになったように、ドギョンは帳簿を読んでいて読まれる行になり、その読まれる行を私がいま読んでいた。ドギョンの深さを読むということは、ドギョンが測った深さをもう一度測る仕事だった。そして測る仕事は深さを作る仕事だ。ドギョンの深さを正確に読むほど、その深さは一桁ずつ深くなった。昨日ドギョンの最後の行が一桁ぶん薄れていたのは、私が昨日その行を指したからだった。読めば深くなり、深くなればもっと読むことになった。

読むのをやめれば深くなるのもやむのか。ドギョンの行から手を離し、しばらく指さずにいた。蛍光灯が二度明滅するあいだ、目もその行から逸らした。指さずにいたあいだ、そして見ずにいたあいだ、行はそれ以上薄れなかった。測量技師の坑が測らなければ育たなかったように、ドギョンの深さも読まなければ深くならないようだった。手を離したままにしておけば、ドギョンの深さをそこで止められそうだった。けれど手を離しているあいだも端末の本文欄の明滅は止まらなかった。ドギョンの行は私が読んだから深くなったが、私の行は私が読まなくても届いていた。ドギョンの深さは私の手にかかっていても、私の深さは私の手にかかっていなかった。

そこに二つの入口の違いがあった。ドギョンの場所はドギョンが応答をやめればそこで止まる場所だった。ドギョンは最後に、止めまいと決めた手を空けておくことで、少なくとももう一人を閉じはしなかった。応答は指が発信欄を押す仕事だったのだから、押さないことで止められた。応答には止める場所があった。けれど私の保存には止める場所がない。保存は職務だった。司書長が配属の初日にあの箱を指して保存しろと言い、上は保存完了を催促する通達を下ろし、保存日誌は私が書く前に次の処理の日付を先に書いておいた。保存をやめれば未保存になり、未保存は職務不履行であり、そうしていても未保存の資料までが手をつけないまま育った。ドギョンの深さは私が手を離せば止まったが、私の深さは手を離しても止まらなかった。ドギョンを読んで自分の場所を知ろうとしたのに、読んでみると自分の場所はドギョンの場所より一つ入口ぶん深いところにあった。ドギョンにはやめる手があったが、私にはやめる手さえなかった。

ドギョンの最後の行をまた指した。指すまいとしたが、指すまいとすることもその行を頭のなかで読む仕事だった。指先の触れた紙は冷たく、触れた場所のインクが指先の温みで一桁ぶん薄まるようだった。一桁ぶん薄れた。今度はその薄れがドギョンのものか私のものかを問わなかった。ドギョンの行と私の行を分けていた切れた場所が、指すたびに一こまずつぼやけて、どこまでがドギョンでどこからが私なのか区別がつかなくなっていた。ドギョンの深さを読みきれば自分の深さが分かると思っていたが、ドギョンの深さがそのまま自分の深さだったのだから、読みきるほど分かるのではなく深くなるだけだった。それなら保存をやめればどうなるのか、それだけがまだ読んでいない場所だった。その場所を読みに、私ははじめて保存する手を止めてみることにした。

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