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フィルムの上の日付

The Date on the Film

  • 3,543字
  • 約7分

新しい人事カードの名前の欄に書かれた私の名を、私は三日のあいだ思い出すまいと努めた。三日目、私は金庫を開けた。

前任者が最後まで巻き切れなかったフィルム。資料室の金庫にそのまま残っていた、あの缶。私はそれを判読機にかけた。何を知ってからこの缶を開けるのかを、私はもう分かっているつもりだった——記録が対象を育てるということ、彼が最後に撮ったのが自社の短期外貨借入金元帳だということ。

フィルムを一コマずつ巻いた。はじめのコマは平凡だった。短期外貨借入金元帳の頁。日付が一日ずつ進むごとに、残高は末尾から育っていた。彼が毎日一頁ずつ撮るたび、撮ったその頁の数字が次のコマではもっと大きくなっていた。記録が対象を育てる。フィルムはその法則を、一コマ一コマ、忠実に書き留めていた。

やがて、彼が最後に撮ったコマに行き着いた。

それは元帳の頁ではなかった。索引カードが一枚。彼が最後に手に取ったカード。矢印が指していた、束から消えていたあの次のカードだった。彼はそれを元帳のあいだに挟んで最後に撮った。カードには彼の手書きで、残高が一つ記されていた。

私はその数字を、分節された目で読んだ。一桁ずつ、別々に。

█兆・█千・█百・七・十・█億。

私はその数字を知っている。端末が十一月一日に、「十一月二日」の日付を付けて吐き出したあの残高だった。前任者が——消える前、数か月前に——手で書き留めておいた数字が、私の端末には「明日」として届いていた。数字は記録者から記録者へ、時を遡って先に届いている。彼のカードから私の端末へ。私の端末から、次の人の何かへ。

指先に地下の冷えが上がってきた。もう慣れていた。

最後のカードの次のコマは、半分だけ露光していた。彼がシャッターを押しかけてやめたコマ。そこには再び元帳の頁が写っていたが、残高の欄が——満ちていく途中だった。一頁を丸ごと撮ったのではなく、数字が末尾から育ち上がるその瞬間が、フィルムの上で止まっていた。育つ数字を、彼は最後の瞬間に撮ったのだ。

私はその半分だけ露光した残高を読んだ。分節された目で、桁と桁のあいだの空いた場所まで。

桁と桁のあいだ、本来なら何もないはずのその隙間に、薄い文字があった。丸ごと読む目には見えない、最後まで読んだ目にだけ見えるもの。数字ではなかった。日付だった。

…█・十・二・月・█・日・…

十二月のある日。私はその日付をどこで見たのかを思い出した。人事部の新しいカード。入社の日付だけが記され、依願退職の日付は空いていた、あのカード。空いていたその欄に入るはずの日付を、前任者のフィルムは——彼が消える前にすでに——育つ残高の桁のあいだに書き留めていた。

フィルムはそこで切れていた。彼がシャッターを押し切れなかった理由が、私にはもう分かる気がした。最後まで巻けば、最終コマに何が写るのかを彼も見たはずだ。育つ数字のあいだに書かれた、次の記録者の依願退職の日付を。彼はそれが自分の日付だと思ったことだろう。しかしそのフィルムは彼が消えたあとで金庫に入り、最終コマのその日付は——彼のものではなく、次にこの缶を開ける者のものだった。

私は判読機の灯りを消した。消す前に、半分だけ露光したあのコマをもう一度見た。桁のあいだの日付は、さっきよりもはっきりしていた。私が読むたびに。

その頃、廊下の声はもう低くなかった。

短期。外貨。数日前までは本館二階の書記たちが低く交わしていたその言葉が、今ではエレベーターでも、給湯室でも聞こえた。ある投資銀行が営業停止になったという。為替が一日に何十円も上がったという。借りた短期外貨を返す日は来るのに、返す外貨がどこにもないという。会社が借りたその数字が、いまや会社を呑み込もうとしていた。

その朝、本社の資金部から資料室へ撮影割当表が一枚下りてきた。決算の済んだ死んだ帳簿ではない。生きている帳簿——自社の短期外貨借入金元帳。清算の前、監査の前に、全頁をフィルムで残しておけという指示だった。

それは前任者が消えるとき撮っていた、まさにその帳簿だった。最後まで巻かれなかった彼のフィルムの中で、残高が育っていたあの元帳。

彼が最後にした仕事は、自社の短期外貨借入金元帳をフィルムに移すことだった。その行の末は途切れていた——フィルム缶の番号が、書きかけのままで。

私は彼が止まったその場所に置かれようとしていた。同じ帳簿、同じ撮影台、同じ途切れた行の次の欄に。

撮らなければ、私は職務を果たさなかったことになる。しかし資料室の席は、職務を果たそうと果たすまいと、人を順に送り出してきた。撮れば——私は記録する数百の手に一つ手を足す。借りた外貨を、会社を呑み込むあの数字を、もう一桁育てる。どちらにせよ、空いた依願退職の日付は埋まる。

私は割当表をもう一度見た。本社が押しておいた印章と、撮影対象の勘定番号と、完了予定日。

完了予定日の欄を、私は分節された目でゆっくり読んだ。

十・二・月・██・日。

前任者のフィルムが、育つ残高の桁のあいだに書き留めていたあの日付だった。人事部の新しいカードが、依願退職の欄に空けておいたあの日付だった。本社の資金部が、私にこの帳簿の撮影を終えろと定めてよこしたあの日付だった。

三つの場所が同じ十二月の一日を指していた。フィルムと、人事カードと、割当表が。私はその日付に撮影を終えるよう割り当てられ、その日付に依願退職となるよう書かれていた。会社は私がこの帳簿を撮り終える日に、私を送り出すと——すでに——決めていた。

私は割当表を机に置いた。手は震えなかった。震えないというその事実が、五か月目の灯台を守っていたユン・サンハクの手を思い出させた。合理化が働かなくなった場所で、手は震える代わりに落ち着く。落ち着いた手で、彼は干潟へ下りていった。

断ることはできた。病気休暇を取ることも、席を去ることもできた。しかし資料室の席は会社より古く、会社が生まれる前にも人を受け入れて順に送り出してきた。去ったからといって依願退職の日付が空くわけではない。去っても、その日付はどこかの桁のあいだにすでに書かれているはずだった。

私は撮影台の前に座った。生きている帳簿の最初の頁をガラス板の下に開いた。シャッターに手を置く前に、一つだけ確かめることにした——書かなければ育たないというあの法則が、数百の手が毎日書き込むこの生きた数字の前でも真なのかを。

私はシャッターを押さないまま、元帳のその頁を一日そのままにしておくことにした。私が撮らなかったその一日のあいだに、残高が育つのか育たないのかを見るために。

翌朝、私はその頁を開いた。私が撮らなかったその残高は——末尾の三桁が増えていた。

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