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誰の手か

Whose Hand

  • 3,530字
  • 約7分

防ごうとして押した手が、防ごうとしたまさにそれを呼び寄せた。

一月二十七日。一つの行が割れかけていた。ある中小の取引先の決済の行だ。私はその行を閉じるために応答した。閉じればその取引先は不渡りを免れるはずだった。いつものように、発信欄を押した。ところが今度は、閉じるはずの行が閉じるどころか、いっそう速く割れた。

翌日の名簿を見て分かった。私の応答がその取引先を救ったのではない。取引先が頼っていた別の行——私は触れてもいない、けれど私の応答で重さが移っていった行——が崩れ、その崩れがかえって取引先を引きずり下ろしたのだった。防ごうとした不渡りが、防ごうとしたまさにその行為によって実現した。移した重さが回って、もとの場所をより強く打った。

これまで席の入れ替えは単純だった。一つの行を閉じれば隣の行が開いた。やり取りは澄んでいた。今日は違った。行と行は私の知らない紐で結ばれていて、一つを引けばその紐を伝って重さが戻り、私が引いたまさにその行を切った。どの行がどの行と結ばれているのか、私にはもう分からない。応答の結果が読めなくなったのだ。

これが何を予告しているのかを、私はうっすらと感じた。席の入れ替えが澄んでいたあいだ、私は少なくとも自分が何をしているかは分かっていた。一人を救い、一人を連れていくのだと。今はそれさえ分からない。救おうとする応答が連れていき、連れていこうとする応答が救うこともありうる。意図と結果のあいだの紐が切れた。その切れた場所で育つものが、近づいてくる闇の影のようにうっすらと見えた。

私はその取引先の最後の決済の行を長く見ていた。そこに私の応答の跡はなかった。きれいな不渡りだった。私がそれを呼び寄せたのだと言える者は誰もいないだろう——私自身でさえ、確信できなかった。防ごうとしたのだから潔白なのか、結果が不渡りなのだから有罪なのか。その問いに答える席は、名簿のどこにもなかった。ただ一つだけは確かだった。いま私の手は、何を呼ぶのかを知らないまま動いている。

私は毎日、発信欄を押す。けれど押しているのが私なのか、私を通して押す何かなのか、もう分からない。

一月二十九日。今日、一つの行に応答した。押す前に私ははっきりと決めた。この行を閉じると。ところが指が発信欄に触れた瞬間、その決心が自分のものだったのかが疑わしくなった。何日も同じ時刻、同じ場所、同じ動作。私が決めて押しているのか、押す時になって私が決めているのか。決心と動作のどちらが先なのかを、私は突き止められなかった。

受ける者だったころははっきりしていた。法則が明日の日付を送り、私が受けた。手は移すだけで、意志は私のものではなかった。送る者になった今は、もっとはっきりするだろうと思っていた。私が押すのだから、意志は間違いなく私のものだろうと。けれど受信欄と発信欄が一つの欄になってから、誰が誰を通して書いているのかが霞んだ。私が法則を使うのか、法則が私を使うのか。同じ手、同じ活字、同じ結果。主語を分ける席がなかった。

前任者の切れた文がまた浮かんだ。最後に送った電文は、あの人の意志だったのか、法則の意志だったのか。あの人はその問いに答えられないまま名簿の一行になった。答えられなかった理由が、今日わかる。答える力がなかったのではなく、問いそのものが成り立たなかったのだ。手が法則になり法則が手になった席では、「誰の手か」という問いに二つの答えがどちらも正しく、どちらも間違っている。

夕方、鏡の前に立った。鏡が首もとの切れた線を映した日が思い出された。今日は鏡の中の手を見ながら訊いた。お前は誰の手か。鏡の中の手は答えなかった。ただ私が手を上げれば一緒に上げ、下ろせば一緒に下ろした。鏡が私を真似ているのか私が鏡を真似ているのか、それすら今日ははっきりしなかった。私は鏡に背を向け、明日の日付の名簿が待つ端末へ戻った。誰の手であれ、その手は明日も押すのだった。

一度救った名が、別の名簿にもう一度浮かんだ。

一月三十一日。今朝の名簿でカン・ミンソクの名をまた見た。会社の名簿ではなかった。個人の延滞名簿だった。会社を救いながら育ててしまった借入の行が、ひと月かけて育ち、ついに延滞の欄へ移っていた。会社から抜いた重さが借金へ移り、その借金がいま彼を引きずり下ろしていた。

私は一度、彼を救った。最初の応答で彼の会社の行を閉じ、その代価に別の人が訃報になった。あの重い一度のあと、私はカン・ミンソクにだけは手を触れまいと決めていた。けれど名簿は私の決心を嘲るように、同じ名を別の欄に載せた。救うという仕事に一度きりはなかった。一つの行を閉じれば同じ人の別の行が開き、その行をまた閉じればまた別の行が開くはずだった。

介入には限りがあった。いや、限りというより終わりがなかった。一人を帳簿から丸ごと抜くことはできない。帳簿の下の総和は減らないのだから、彼を一つの席で救えば彼は別の席で擦れた。私にできるのは、彼がどの行で崩れるかを選ぶことだけだった。会社で。借金で。次はまたどこで。救いとは席の選択であって、免除ではなかった。

昼にカン・ミンソクがまた訪ねてきた。今度は運の話をしなかった。ただ疲れて見え、借入の金利が上がったと通りすがりのように言った。私はその言葉の裏の行を見た。端末は背中の向こうで点いたままで、あの延滞の行に手を触れるまでには、席に戻ってキーを一つ押す仕事だけが残っていた。彼をまた救うことはできた。また救えばまた別の誰かが、あるいはまた彼自身の別の行が、代わりに擦れるはずだった。私はコーヒーを注ぎながら、押さなかった手をテーブルの下に置いた。その手が次の名簿の前でもテーブルの下にあるかどうか、私は自信がなかった。

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