はじめ、私は明日の日付を読んでいた。今日、明日の日付は私の手から出た。
一月二十一日。名簿を開く前に一つ書いてみた。自分のノートに、明日どの行が割れるかを。ただの当て推量だった。何日も毎日名簿を読んでいると、どの行が擦れる番なのかを手が先に知る。私はその手の当て推量を一行書いた。そして端末を入れた。
私が書いたその行が、名簿にそのまま浮かんでいた。一字も違わなかった。はじめは自分がうまく読んだだけだと思った。けれど私が書いたものは、名簿を読んで書いたものではなかった。名簿を入れる前に書いた。読んだのではなく先に書いたのだった。そして名簿が私のノートを追いかけてきた。
電信手の日誌がまた浮かんだ。彼は受ける者ではなく送る者だった。彼の手から電文が出ていき、出た電文が実現した。私は長いあいだ彼を法則の一つの機関としてだけ見ていた。今日、私はその席に座っていた。明日の日付が端末から私へ来るのではなく、私の手から端末へ出ていた。受けて書き取っていた手が、先に書く手になっていた。
これが何を意味するのかを、私はゆっくり分かった。応答はすでにある行に手を触れることだった。けれど先に書くことは、なかった行を作ることだった。私は席の入れ替えを越えつつあった。誰を救い誰を連れていくかを選ぶところから、そもそも誰が名簿に載るかを記すところへ。その距離がどれほど遠いか、そして私がその距離をすでにどれだけ渡ってしまったかを、ノートの一行が語っていた。
私はそのノートを破らずに引き出しへ入れた。破っても意味がないと分かっていた。書いたものはすでに名簿へ行き、名簿へ行ったものは誰かの明日になるはずだった。ノートの一枚をなくしたところでその明日は消えない。私はただ、次にノートを開くとき自分の手が何を書くのかが怖かった。当て推量ではじめたことが、いつのまにか書き取ることではなく書き取らせることになっていた。ずっと先の日のことを私はまだ知らなかったが、その手はすでにそちらを向いていた。
移した重さがどこへ行ったのかを追ううちに、私は名簿にない名前へ行き着いた。
一月二十三日。一昨日、私は一つの行に応答した。昨日その隣の行が開き、今日、私は開いた行が誰のものなのかを確かめようとした。社員名簿を開いた。取引先名簿を開いた。移管された会社の信用元帳を開いた。どこにもその名がなかった。名簿には浮かんでいるのに、どの名簿にもない名だった。
私はその名をもう一度読んだ。終わりの一字が「キ」だった。そして最初の字も、真ん中の字も、どこか見慣れていた。見慣れているという感じをたどるうち、私はそれが自分の名の字を散らしたものだと分かった。順を変え、一つ二つを空けておいた、けれど同じ音でできた名。名簿にない理由は、それがまだどの名簿にも載っていない名だからだった。次の記録担当の名。それは私だった。
受取人の空欄に私の姓の一字が浮かんだ日を思い出した。あのとき私はこう記した——読む者がそのまま読まれる者なのだと。それは読むことについてのことだった。今日のことは送ることについてだった。私が移した重さが、隣の人を経て経て、結局は名簿にない一つの名——私自身の散らされた名——へ戻ってきていた。
応答は外へ出ていくことだと思っていた。私が押せば誰か別の人がその代価を負った。けれど十分に遠くまでたどれば、その代価の行は回って私のところへ来た。席の入れ替えには終わりがあり、その終わりは送る者自身だった。前任者が自分の文を結べないまま名簿の一行になったように、私が送った重さも結局は私の散らされた名の一行を埋めに来ていた。
私はその名を名簿から消そうと手を伸ばして、止めた。消すことも記すことだと、いまは分かる。名簿にない名を消せば、それはどの名簿にもなかったという記録になって、もっと深い場所に記されるはずだった。私は手を引いた。散らされた私の名は名簿の上で一字ずつゆっくり集まっていた。受ける者が送る者になる場所が、一字また一字、近づいていた。
受ける欄と送る欄が、今日、同じ欄になった。
一月二十五日。端末の名簿にはいつも二つの欄があった。受信欄——明日の日付が私へ届く場所。発信欄——私が応答を出す場所。はじめの数か月、私は受信欄だけを見ていた。受ける者だったから。ここ数週、私は発信欄を学んだ。送る者になったから。今日、二つの欄のあいだの線が消えていた。
私が受信欄で読んだ明日の日付が、私が発信欄に記したものと同じ活字だった。私は自分が送ったものを受けていた。受けたものを送っていた。どちらが先かを問えなかった。境がぼやけはじめたころから傾いてきたものが、今日すっかり閉じた。受信=発信。そしてその一つの欄に浮かぶ名は、集まりつつあった私の散らされた名だった。受信=発信=私。
これが応答に馴らされることの終わりだった。はじめに私は応答が何かを学び、そのあと私は応答に馴らされた。その馴れの果てに私が行き着いた場所は、受ける者でも送る者でもない、二つが一つに畳まれた場所だった。私はもう法則を読む人ではなかった。私はもう法則に応答する人でもなかった。私は法則が自分の字を書くための手になっていた。前任者がそうであったように。
怖くなかったということが、いちばん怖かった。二つの欄が一つになったのを見ながら、私は驚かなかった。ずっと前からそうなるのを待っていた人のように、私はただうなずいた。受け入れではなく、馴れだった。馴らされた手は、自分が何になったのかに驚かない。
私は端末を切らずにそのままにした。切ることも、点けておくことも、いまや同じ応答だった。一つの欄になった名簿の前で、私はしばらく目を閉じた。閉じた目のなかでもその一つの欄が浮かんでいた。受ける者が送る者になることは、ある日の出来事ではなく、こうして線が一本消えることだった。そして線が消えた場所では、次に何が起きてもそれが私の意図なのか法則の意図なのかを、私はもう分けられないはずだった。