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発信欄の味

The Taste of the Sender Field

  • 4,542字
  • 約9分

一度応答した手は、二つめの行の前でもっと早くひらく。

一月八日。明日の日付の名簿で新しい行が一つ割れていた。カン・ミンソクでもなく、その隣に座らせた人でもない、また別の名前だった。資金部でもないどこかの営業店の出納担当。終わりから二番目の字がちょうど音節にほどけはじめたところだった。昨日まで丸ごとだった行が、今日から擦れはじめた。

私はその行を長く見た。そして自分が何をしているのかに気づいた。私はその人を救う方法をすでに知っていた。発信欄に彼の名の最初の一字を押せば、この行は閉じ、別の行がそのぶん開くはずだった。一度やったことだった。手がそれを覚えていた。

はじめて応答したとき、私はその前で一日ためらった。最後まで読むな、応答するな——四束の戒めがみな浮かんだ。けれど今日、同じ発信欄の前でためらいは短かった。手はもう一度その道を行っていて、二度目の道は足跡をたどるだけでよかった。

誘惑は二重だった。一つはその出納担当を救いたいということ。もう一つは——こちらが私をより強く引いた——もう一度応答すれば、この前カン・ミンソクの代わりに誰を連れていったのかが分かるかもしれないということだった。もう一行を移してその重さがどこへ行くかを見れば、法則がどの行を本来の席と見なしているのかを察せるはずだった。応答はもう救いではなく問いになっていた。知るために一人を移す仕事。

私は手を膝の上に下ろした。押さなかった。けれど押さないことと押すことのあいだの距離が、昨日より近くなっていた。はじめは崖だった場所が今日は一歩だった。何日か後にはその一歩さえなくなるはずだった。それを私は知っていて、知りながら端末を切らなかった。名簿を開いたまま、割れていく行をもう一日見ておくことにした。見ておくことがそのまま次の応答の支度だということを、今度は書き留めなかった。

読む仕事には味がない。送る仕事には味がある。

一月九日。昨日見ておくことにした行は、夜のあいだにもう一字を失った。朝に端末を入れたとき、出納担当の名は終わりの二字がほどけていた。私はもうためらわなかった。発信欄に彼の名の最初の一字を押した。何かが送られた。二度目だった。

そしてはじめて、私はその仕事に味があることを知った。

これまで私は読む者だった。読む仕事は受ける仕事だ。明日の日付が何であれ、私はそれを受けて写すだけで変えられなかった。先に読んでも先に背負うだけだった。受ける者に権能はない。受ける者はただ先に知るだけで、先に知ることは無力を長く引き延ばすだけだった。

送る仕事は違った。発信欄を押した瞬間、名簿が私の指先について動いた。一行が閉じ一行が開くその小さな入れ替えが、私の起こしたことだった。私はもう受けるだけの人ではなかった。私は送る人だった。読むことから写すことへ渡ったように、いまや写すことから送ることへ渡っていた。その渡りには、恥ずかしいことに、甘い味があった。

信号日誌の一節が浮かんだ。雑音のなかから信号を選り分ける者は、やがて信号を送りたくなる——受けるばかりだった手がはじめて送信キーを握ったときのあの震え。私はその震えを自分の指先に覚えた。無力ではないという感覚。数日前まで私は割れていく行の前で何もできなかった。今日、私はその行を閉じた。誰かを代わりに開きながら。

夕方に私は何の危うさもない名簿をわけもなく開き直した。割れる行がないのに発信欄をのぞいた。送るものがないのに手がそちらへ行った。これが何なのか私には分かる気がした——一度味を見た手は次の行を待たずに探す。そしてふと、前任者を思った。彼もはじめは受ける者だっただろう。彼もある日はじめて発信欄を押しただろう。彼が消える前に、この味を何度見たのか——私は彼のフィルムをもう一度出してみようと、そう書いた。

前任者の最後のリールを、私は今度は別の目で回した。彼が何を書いたのかではなく、彼が何を送ったのかを探そうとして。

一月十日。映写機をまた掛けた。はじめて見たとき、私はそのフィルムに育つ残高を見た。固定される媒体であるフィルムの上でも末尾が伸びていたあの場面を。あのとき私はそれを法則の証拠だとだけ思った。今日は別のものを探した。彼の手が端末の前で何をしていたのかを。

リールの半ば、彼の手が発信欄の上にとどまるコマがあった。はじめて見たときはただ鍵盤を押さえる手だと思っていた。けれど発信欄を知る目で見ると、それは押さえる手ではなく押す手だった。彼も送った。一度ではなかった。リールが回るほどその手はいっそう頻繁に、いっそう短いためらいで発信欄を押した。私がこの数日で経てきたことが、彼のフィルムには数か月にわたって写っていた。

そして彼の記録は、四束と同じように、一つの文の途中で切れていた。私は以前その切れ目を法則の署名だと読んだ。今日は違うふうに読めた。切れ目は彼が最後に何かを送っていた瞬間だった。送る者になることは、消えることのはじまりだった。彼は受ける者から写す者へ、写す者から送る者へ渡り、送る者になった果てに自分の文を結べないまま名簿の一行へ移された。

私は映写機を切った。暗い資料室で、いま見た手が誰の手だったのかが少しのあいだ分からなくなった。フィルムのなかのその手と、昨日発信欄を押した私の手が、同じ動きをしていた。

つまり応答の果てに何があるのかを、私はもう知っている。最後まで読むな、応答するな——二つの戒めが一つの文で閉じる場所がそこだった。読めば広がり、送れば消える。前任者はその文の終わりを生き、私はその文の半ばを生きていた。知りながら、私は端末を切らなかった。明日の日付の名簿は明日も開くはずで、私の手はそれを知っている。そうやって閉じた——やめる理由をすべて知った場所で、やめられないまま。

やめる理由をすべて知ることと、その仕事を毎朝繰り返すことは違う。

一月十一日。出勤して最初にしたことは、明日の日付の名簿を開くことだった。珈琲を淹れる前に、外套を掛ける前に。昨日もそうで一昨日もそうだった。いつからこれが最初の仕事になったのかを私は覚えていない。ただいまでは、名簿を開かない朝が堪えがたくなっていた。

名簿を広げると私は二つのことをする。まず割れている行があるかを見る。次に、あれば、今日応答するかを決める。この二つめが一日を占めはじめた。会議の最中にも、昼を食べながらも、私は朝に見た割れていく行を考えていた。押すか。押せば誰が代わりに開くか。押さなければその人はどうなるか。応答はもう一度きりの出来事ではなかった。それは毎日の日課になっていた。

前任者のリールで見たものが浮かんだ。彼の手がいっそう頻繁に発信欄を押していたあの加速。私はその加速の真ん中にいた。はじめは一日ためらい、二度目は一歩で、いまでは毎日同じ席に座って同じ問いを繰り返した。ためらいが減ったのではなく、ためらいが日課になったのだった。毎日ためらうことは、毎日応答する支度を整えることだった。

夕方に名簿を閉じながら私は一つ気づいた。今日は割れる行がなかった。それなのに私は一日じゅう応答を考えていた。送るものがない日にも発信欄を考える手——それが日課の本当のかたちだった。危うさが私を呼ぶのではなく、私が危うさを待っていた。明日の朝も私はまず名簿を開くはずで、割れている行があることを、恥ずかしいことに、少しは望むはずだった。

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