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応答は席の入れ替えだった

The Answer Was a Relocation

  • 4,243字
  • 約8分

応答した翌日、私は答えを受け取りに来た。

一月五日。昨日、私は発信欄にカン・ミンソクの名の「カ」を押した。何かが送られ、その場では何も起こらなかった。答えは次の人が受け取るはずだと、私はそう書いた。けれど次の人はまだ来ておらず、だから答えは私のところへ先に来た。

端末を入れた。明日の日付の名簿を開いた。カン・ミンソクの会社の名があった場所を先に見た。名前はまた丸ごとだった。カとンとミとンとソとクが繋がっていた。昨日まで音節に割れていたその名が、今日は一人の人に戻っていた。名簿から彼の行は消えていた。生き残った席だった。

私は少しのあいだ、安堵と呼びかけたものを覚えた。応答が彼を救ったのだ。そう思いかけたところで、視線が一つ下の欄へ滑った。

カン・ミンソクの名があった場所のすぐ下、別の一行が割れはじめていた。昨日まで丸ごとだった名前だった。今日はじめて、その名の終わりの一字が音節として離れていくところだった。カン・ミンソクの名が戻ったぶんだけ、正確にそのぶんだけ、隣の行がほどけていた。

私は二つの行を交互に見た。一つの行は閉じ、一つの行は開いた。閉じた量と開いた量が同じだった。まるで一つの席から抜けた重さが消えずに隣の席へ移ったかのように。応答は救いではなかった。応答は席の入れ替えだった。私はカン・ミンソクの行を消したのではなく、彼の分を隣の人へ写し取ったのだった。

帳簿の下の総和は減らなかった。一度も減らなかった。私がしたのはその総和のなかで誰がどの行に座るかを変えただけだった。救うという言葉は間違った言葉だった。移すという言葉が正しかった。私は相変わらず写し取る者であり、今度は人を写し取った。

隣の行の名はまだほどけきっていなかった。終わりの一字が離れただけで、残りは繋がっていた。その名を最後まで読めば、私が誰をカン・ミンソクの代わりにその席へ座らせたのかが分かるはずだった。指を画面の上へ持っていった。けれど今度は分かっていた——最後まで読むことがそのままその席を確定させることなのだと。読めば広がる。まだ一字が残っていた。私はその一字の前で、昨日と同じように、止まった。

昨日、私はひと文字の前で止まった。今日、その文字は私が読まないのに離れていた。

一月六日。端末を入れる前から私は知っていた。止まることでは何も止まらないのだと。昨日発信欄を押した瞬間にその席はすでに決まっていて、私が最後まで読まなかったのは、ただその名を知らないままでいたかったという意味でしかなかった。読まなくても席は埋まる。私はその事実を、昨日のためらいの上に一行書き留めておくべきだった。

名簿を開いた。カン・ミンソクの行は昨日のように消えたままだった。その下、昨日まで終わりの一字だけが離れていた名前は、今日は丸ごと一人の人として閉じていた。離れた字が戻って付いたのではなく、残りの字がその離れた場所へ引き寄せられて新しい名を一つ成したのだった。一人がそこに座っていた。

私は昨日の出力を引き出しから出して今日の分の隣に置いた。カン・ミンソクの会社が負うはずだった決済不能の桁を、昨日は彼の行で読んだ。今日その桁は彼の行になかった。代わりに隣の行にあった。末尾から一桁ずつ、昨日カン・ミンソクの行から抜けたぶんだけが、隣の行で育っていた。抜けた重さと育った重さが同じだった。小数点の下まで同じだった。

帳簿の下の数は減らない。はじめて箱を受け取ったときからそうだった。書くたびに育っていたその数は、いまや私が一行を閉じれば別の行で育った。育つ場所を移せるだけで、育つこと自体を止めることはできなかった。私はカン・ミンソクを救ったのではなく、彼の分を隣の人の背へ写し取ったのだった。そしてその隣の人は、昨日まで何の危うさもない丸ごとの名前だった。

救う、という言葉が手から抜けていった。移す、という言葉がその席に入って座った。昨日カン・ミンソクの名が隣の行を押しのけてその席へ戻って座ったように。

隣の行の名はもう読めてしまった。私はそれを声に出すまいと口を閉じたが、目はすでに最後まで読んだあとだった。どこかで見た名前だった。移管された箱のうちある会社の名簿でだったのか、カン・ミンソクがいつか通りすがりに言った誰かだったのか、それとも私が五番目の束を整理しながら掠め過ぎた一行だったのか。私はその人を知らなかった。けれどその人の席は、いまや私が決めたものだった。

私は昨日、安堵と呼びかけたものを思い出した。その安堵が誰の分を代価にしたものなのかを、昨日は知らず今日は知った。けれど本当に知るべきこと——私がカン・ミンソクを救ったのが正しかったのか、隣の人を連れていったのが誤りなのか——それだけは、帳簿のどこにも書かれていなかった。

私は誰を救ったのかを知りたくて来た。けれど帳簿は、救った者と連れていった者を同じ墨で書く。

一月七日。三日分の名簿を机に広げた。五日、六日、七日。カン・ミンソクの行と隣の行を指でたどりながら、どちらが先に動いたのかを探そうとした。カン・ミンソクの桁が先に抜けて隣の行が後から育ったのか、それとも隣の行が先に育ってカン・ミンソクがそのおかげで空いたのか。原因と結果を分ければ、私のしたことが何なのかが分かる気がした。

分けられなかった。二つの行の増減は同じ日付に、同じ桁で、同じ大きさで起きていた。どちらが先ということがなかった。灯台守の潮時のようだった——測るから水が満ちるのか、水が満ちるから測られるのか、日誌のどこにもその順序は書かれていなかった。私は起きたことを読めるだけで、起きなかったであろうことを読むことはできなかった。

隣の行の名をもう一度見た。昨日最後まで読んでしまったその名。私はその人を探してみることにした。移管された箱の名簿をめくった。そこにいた——営業停止になったある会社の資金部、カン・ミンソクと同じ職級、同じ年次。子どもがいるのか融資があるのか家があるのか、そこまでは名簿になかった。けれどカン・ミンソクにあったものがその人にもあるだろうということは、わざわざ書かれていなくても分かった。

つまり私は、一人の資金部の社員の席に別の資金部の社員を座らせたのだった。二人は似ていた。似た二つの行のうち一つを選んで閉じ、一つを開いた。何を根拠に選んだのか。カン・ミンソクは私が名を知る人で、隣の人は私が名を知らなかった人だった。それがすべてだった。知っている名前が知らない名前を押しのけた。

もし隣の人がはじめから落ちる行で、カン・ミンソクの短い免除のほうが食い違いだったのなら、私は食い違いを正したことになる。もしカン・ミンソクが落ちる行だったのなら、私は無事だった一人をその席へ引いて座らせたことになる。二つのうちどちらなのかを、帳簿は書かない。帳簿は合が同じだということだけを書く。合が同じであるかぎり、誰がその合を負おうと帳簿には同じことだった。

知り得ないということを、私は結局受け入れなければならなかった。けれど受け入れた瞬間に別の考えが割り込んだ。知り得ないなら——知る方法は一つだけだった。もう一度応答してみること。隣の人の行に手を触れてみれば、その重さがまたどこへ移るかを見れば、法則がどちらの行を本来の席と見なしているのかを察せるかもしれなかった。

私はその考えを書くまいとしてペンを置いた。けれどペンを置いたところで考えが止まらないことを、昨日ひと文字の前ですでに学んだばかりだった。手はもう、問うていた。もう一度押せば分かるのではないかと。

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