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103

正した一行

The Line I Corrected

  • 3,487字
  • 約10分

七月九日。写しを先に開いた。

第七十章の空いた数値が埋まっていた。二十。

私は数えに行かなかった。代わりに紙に二十と書き、その下に時刻を書いた。午前九時十二分。今回は、順序を私が握ってみることにした。書かれたものを見て、まだ数えていない。数えていないあいだは、その数字が合っているのかどうか誰にも分からない。分からない状態をどれだけ持ちこたえられるか、それが今回私の測ろうとしたものだった。

二時間持ちこたえた。そのあいだに請求を七件処理した。フィルムを二缶判読機にかけ、登録番号を台帳に移した。移しているあいだ、手はいつもどおりだった。十一時を過ぎると、紙に書いておいた二十がしきりに目に入った。紙を裏返した。裏返すと、数字のある側を知っているということだけが残った。

それから検索をした。六月と同じ検索語、同じ順番で。

十八か所だった。

二十ではなかった。私はその画面を長いこと見ていた。はじめてだった。写しに書かれた数と私の数えた数が食い違ったのは、半年ではじめてだった。

昼まで、私は安堵と呼べるものを感じていた。食い違ったということは、その数字が前もって知っていたものではないということだ。誰かが当て推量で書いたか、数えまちがえたか、水増ししたのだろう。水増しする人間はどこにでもいる。半年合い続けてきたのが偶然だったのなら、今日食い違ったのは偶然の終わったところだ。

二時にもう一度検索した。

二十だった。

増えた二つは、午後に上がったものだった。一つは十一時五十分、一つは十二時四十分。私が十八を数えたのは十一時十四分だった。

食い違ったのではなかった。まだ、だった。

私はそれを紙に書いた。書いてから長いこと見ていた。まちがったと見える瞬間はあった。ただ、その瞬間はまちがいではなく、まだだった。まだとまちがいを見分けるには、いつまで待つのかを決めなければならず、その期限を決める根拠が私にはない。今夜二十一になれば二十もまちがいになり、明日二十二になれば二十一もまちがいになる。どの数を書いても、いつかは追い越される。追い越されるまでは、まだだ。

だからこの表は、まちがえることができない。まちがえることのできない表は、正しい表ではない。

午後、私は十四のうちの三つめの版をもう一度開いた。六月に出所を確かめられなかった、あの版だ。段落の切れ目が前のものたちと違い、行が一つ多かった。

その行が、いまでは二十のうち十六にあった。

最初に上がった十三にはなかった行だ。三つめの版に一度入り、それからあとは書き写されるたびについて入った。書き写す人は原本を見ない。前の人の文章を見る。前の人の文章にその行があれば、その行まで写す。

中身はたいしたものではない。測量日誌の箇所に一文が足されている。その人が最後の測定のあと坑を去った、という文。うちの箱の日誌にはそんな文はない。その人は去らなかった。

十六部のうち六つには、その文の下に短い感想がついていた。よかったという言葉が三回出てきた。ある人は、その箇所ではじめて息ができたと書いていた。去ったという文があれば、話はそこで閉じる。なければ閉じない。閉じるほうが、書き写しやすい。

原本は私の机の下の箱にある。箱は目録になく、目録にないから誰も探さない。外にある二十部のうち、原本を見た人間はいない。原本を見たのは私一人だ。

半年のあいだ、私は資料を管理してきた。管理という言葉には、まちがったものを正すことが含まれている。

訂正するには、原文を書かなければならない。

この一行を書くまで、私は長いこと座っていた。掲示板に訂正を上げることは、原文のその箇所をそのまま書き写して並べることだ。書き写した版が写真の版よりよく育つということは、六月に私が書いておいた。だから訂正文は、資料を正す文であると同時に、資料をもう一部増やす文だ。

正さなければ、あの文は広がり続ける。正せば、原文がもう一部広がる。

二つの文を並べて、どちらが増やし方が少ないかを勘定してみようとした。勘定にならなかった。勘定するには増える速さを知らなければならず、速さを知るには数えなければならず、数えれば上がる。

四時、私はアカウントをつくった。

着任してから、私は外に文章を上げたことがない。社内網の登録分までが私の仕事だった。登録分は社員番号で入り、社員番号は私のものだ。外の掲示板には社員番号がない。名前を一つつけて入れなければならない。

名前の欄の前で、手が止まった。姓を入れれば人の名前になり、人の名前を入れればその名前が二十一部のうちの一つにつく。資料室と入れれば、箱のありかを教えることになる。何も入れなければアカウントはできない。

私は資料室のコード四桁を名前に入れた。ほかに浮かばなかった。四桁を打ってから、その四桁が、前任者の最後の日誌で受取人の欄に座っていた席だということに気づいた。消さなかった。

訂正文を書いた。原文のその箇所を書き写し、その下に、うちの所蔵本にはこの文はないと書いた。所蔵先は明かさなかった。明かせば、箱を探す人間が出てくる。

上げる前にもう一度読んだ。私の文章は、半分が原文の引用だった。半分は書き写したものだ。

上げた。

五時に検索した。二十一だった。

増えた一つは、私のものだった。

半年のあいだ、私は数える側だった。今日私は、数えられる側に一行を足した。二十一のうちの一つが私の手から出ていき、その一つには私のつけた名前がついている。

測量日誌のあの人は、同じ場所を何度も測った。測れば深くなると分かっていて、測り続けた。私はあの人を三度読み、三度目に、なぜやめなかったのかが分かったと書いた。分かったと書いた翌日、私はあの人のしたことをした。

違うことが一つある。あの人は測っただけだった。測ることは、その場所に手を触れることではない。私は今日、手を触れた。

退勤する前に写しを開いた。

私の訂正文の下に、返信が一つついていた。

本文は三行だった。一行目に章番号があった。第七十二章。二行目に日付があった。今日の日付ではなく、明日の日付だった。三行目に数値が二つあった。一つは二十一だった。

もう一つは、空いていた。

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