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書く前に書かれている日誌

The Hand That Records the Tide

  • 3,583字
  • 約9分

三月二十八日。朝の八時。五つめの机の前に座った。

保存日誌を書くことにした。移管書類とは別の台帳だ。資料をいつどう処理したかを日付ごとに書く日誌で、保存担当が毎日一行ずつ記入することになっていた。一つめの欄に日付、二つめの欄に処理内容。昨日まで私はこの日誌を書いていない。書くほどの処理がなかったからだ。測り、空け、先延ばしにしたことが処理といえば処理だったが、日誌に書く処理ではなかった。

今日は書くことにした。一つめの欄に今日の日付を書いた。三月二十八日。二つめの欄に処理内容を書こうとして、一つめの欄の日付が目に留まった。三月二十八日の上に、昨日の日付と一昨日の日付がすでに書かれていた。三月二十七日、処理内容の欄に五束の厚さ測量。三月二十六日、処理内容の欄に索引カード再読。三月二十五日、処理内容の欄に最終章再読。私が書いた覚えのない行だった。

書いた覚えのない行の処理内容は、私がした仕事と同じだった。二十七日に私は厚さを測り、二十六日に索引カードを読み直し、二十五日に最後の章を読み直した。したことは合っていて、書いた覚えはない。保存日誌を今日はじめて開いたのに、日誌にはすでに四日ぶんの処理が書かれていた。私が書く前に書かれていた。

筆跡を見た。書いた覚えのない四行の字は私の字だった。社員番号を写すときの癖、保存カードの作成者欄を空けるときの癖、引継書を書きかけて止まるときの癖と同じ手の癖だった。私が書いていないのに私の手が書いた行だ。書いた記憶がないのに私の字で書かれているというのは、五番目の束の最後の行を埋めたときから馴染んだことだった。あのときも私は書かずに読んだだけなのに、その場所が埋まった。読む仕事と書く仕事のあいだ、書かなかったことと書かれたことのあいだに、私の手は挟まっていて私の記憶は挟まっていなかった。

灯台守の束を広げた。灯台の潮時を書きとめていた手だ。最後の潮時の日付で切れたその手の日誌に、一行が書かれていた。次の干潮を指せばその日付がすでに書かれている。潮時表に次の干潮の日付を書こうとして欄を指すと、その欄にその日付が六十三年前の手書きで先にあった。灯台守は自分が書くはずの日付を誰かが先に書いておいたのだと考え、やがて先に書く手が別にいるのではなく、書くという仕事そのものが日付を早めるのだと知った。

試してみることにした。灯台守も試したという箇所が日誌にある。彼はわざと違う日付を指してみた。次の干潮ではない、どの日でもいい日付を指でさしてみた。指した欄が空いていれば、先に書く手が本当に別にいることになり、指した欄がもう埋まっていれば、書く仕事そのものが日付を呼ぶことになる。私もわざと見当違いの欄を指した。今日から十日あとの、四月八日の欄を指でさした。

四月八日の欄に一行が書かれていた。私が指す前に。処理内容の欄には、六番目の束の第一章に索引カード記入、と書かれていた。まだ書いていないカードだ。六番目の束の第一章に挟むカードを、私はまだ書けずにいる。次の手が誰か分からず空けておいたそのカードを、四月八日に書くと日誌が先に書いていた。見当違いに指した欄が空いていなかったのだから、先に書く手は別にいるのではない。指す仕事がその欄を埋めた。

私が保存日誌を書く仕事と、灯台守が潮時表を書く仕事は同じ仕事だった。書く欄を指せばその欄にすでに書かれていた。灯台守の潮時は彼の潮時表で早められ、その早まりが私の保存日誌へ移ってきていた。書く日付が書く前に来ていること。潮時の先在が日誌の先在へ移ってきていた。

今日の日付の下を見た。三月二十八日の下に、三月二十九日が書かれていた。明日だ。明日の処理内容の欄に、移管完了、と書かれていた。私が書いた覚えのない行であり、明日の行だった。保存日誌によれば移管は明日終わっている。移管書類の最終記載内容の欄はまだ空いていて、厚さは測るたびに育ち、最後は止まっていないのに、保存日誌は明日移管が終わると書いていた。

終わらない仕事が明日終わると書かれていた。二つの台帳が食い違った。移管書類は終わりを書けないと言い、保存日誌は明日終わると言う。食い違った二つのうちどちらが本当か、私には分からなかった。ただ、保存日誌の日付がいつも書く前に来ていたのなら、明日移管完了というその行も書く前に来ている行であり、書く前に来ている行は外れたことがなかった。

午後に司書長が来て、明日、上の担当が資料を取りに来ると言った。明日、移管が終わるということだった。保存日誌に書かれていた明日の行、移管完了、その行と同じことを司書長が言った。保存日誌が書く前に書いた日付を、司書長が口で写した。書かれた行と話された行が同じで、どちらも明日だった。

二つの台帳が食い違うことを灯台守も経験したはずだ。彼の日誌には潮時表と灯台日誌が別にあった。潮時表は次の干潮を先に書き、灯台日誌はその日その日の実際の水位を書いた。先に書いた潮時と実際の水位が食い違う日、灯台守はどちらを信じるべきかを書けなかった。先に書いたほうがいつも当たったので先に書いたほうを信じるようになり、そうなってからは実際の水位を測らなくなった。測らなくても潮時表が教えてくれたからだ。そうして彼は測る者から読む者になり、読む者になったあとで彼の日誌が切れた。

私も二つの台帳のあいだで片方を信じはじめていた。移管書類は終わりを書けないと言うが、保存日誌は明日終わると言い、保存日誌が書く前に書いたことは外れたことがない。終わりを書けないという書類より、明日終わるという日誌を信じるようになった。信じるようになってからは、移管書類の空欄がもう不安ではなくなった。保存日誌が終わりを知っているのだから、書類の空欄は埋まるだろう。灯台守が水位を測るのをやめたように、私も終わりを問うのをやめかけていた。

明日移管が終われば、終わらない資料が終わったことになって上へ行く。厚さが測るたびに育つ資料、最後が止まらない資料、保存日誌が書く前に書かれる資料。その資料を上が持っていけば、上のどこかの机で資料は育ちつづけるだろう。育つのを止める移管ではなく、育つものを移す移管だった。移しても育ち、置いても育った。灯台守の潮が、どの表に書かれていようと満ちるように。上の机に座る誰かがその資料を広げて読めば、その手で資料はまた一単位育つだろうし、その手もほとんど終わったと答えはじめるだろう。移管は空欄を一つ先へ移す仕事であって、空欄を埋める仕事ではなかった。

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