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次の記録担当

The Next Recorder

  • 3,739字
  • 約9分

読むという仕事は、誰かが最後まで読まなかった場所からはじまった。

三月二十三日。私はある投資銀行の地下資料室へ配属された。まともに回っている部署でさえ人を減らしていた時期に席を移ってきたということが、自分でも不思議だった。人事の担当は、資料室に欠員が一つあるとだけ言った。前任者が今月のはじめに出たと。どう出たのかは言わなかったし、私も訊かなかった。あのころは、人が席を空ける理由をいちいち訊かなかった。一つの席が空けば別の一つがそこへ移ってきて、移ってきた席は、空いた席の理由を知らないまま仕事を引き継いだ。

資料室は暗く、天井の蛍光灯は一本がいつも明滅していた。机が五つあった。四つには人がいて——司書長と二人の司書補、そして私——五つめの机が空いていた。前任者の席だという。机はきれいに片づけられていたが、片側の抽斗が施錠されていて、その上に木の箱が一つ置かれていた。司書長はその箱を指して、前任者が整理していた資料だから残りの保存処理をしろと言った。受取人のない資料だとも言った。

箱には本当に受取人が書かれていなかった。表の発信欄も、受信欄も空いていた。ただ、なかには束があった。四つの束は古い日誌だった——坑の深さを測っていた手、灯台の潮時を書きとめていた手、一つの単語が音節へ分かれていった手、切れた電文を受けていた手。五番目の束は比較的新しく、一人の筆跡で最後まで埋まっていた。前任者の字だろう。その束の第一章に索引カードが一枚挟まっていて、そこに一行が書かれていた。

最後まで読むな。

保存は、読まずには成り立たない仕事だった。何が書かれているかを知ってはじめて、どこへどう収めるかを決められる。私は索引カードの警告を保存担当者の心得くらいに受け取って、束を順に開いた。

三月二十五日。四つの束を先に読んだ。四人は互いに会ったことのない手で、扱ったものも深さと潮時と音節と信号でばらばらだった。それでも四つの最後の章は同じ形で終わっていた。一つの文が途中で切れ、切れた場所にそれぞれの終わりの桁が残っていた——測量技師は最後の測深の深さを、灯台守は最後の潮時の日付を、司書は分けられた文の最後の音節を、電信手は切れた電文の社員番号を。四つの切れを並べて置くと、一つの文として読めた。測れば深くなり、満ちれば嵩を増し、読めば広がり、応答すれば送る。

五番目の束は、その四行を読んだ人の日誌だった。前任者は四つの束を最後まで読み、読んだあと自分の帳簿へ写し取りはじめ、写したあと名簿に応答し、応答した果てに自分のまわりが空いていくのを見た。日誌の終わりのあたりでは、次にこの束を広げる人のために、いくつかを書き残していた。本文欄は端末のなかではなく、どこかの書き取りだということ。発信欄に答えを書けば本文欄の行が結果になるということ。そして受取人の欄に自分の番号が来れば、それが次の人には受取人の空欄になるということ。

私はそこで一度手を止めた。次の人という言葉が誰を指すのか、その束を手にしている人間には分かるほかなかった。

索引カードは最後まで読むなと言っていた。けれど保存が私の仕事であり、保存するには最後まで読んでどこで終わるのかを知らねばならなかった。それが口実だとうすうす分かっていながら、私は五番目の束の最後の章を開いた。

三月二十七日。五番目の束の最後の行は、終わりの一桁を空けたまま切れていた。受取人の欄には前任者の社員番号が書かれ、終わりの一桁が薄れて消えかかっていた。空いてもおらず、書き終えられてもいない一桁だった。切れた場所が切れであり、切れが署名だった。四つの束がそれぞれの終わりの桁で終わったように、五番目の束は前任者の番号で終わっていた。

私はその薄れた一桁を覗き込んだ。資料を保存する手は空欄を埋める手ではなく、空欄を読む手だ。私はその一桁を埋めようとしたのではない。ただ、薄れた場所に何が入ればその行が一つの行として整うのかを、保存する癖で読んだ。そして、その場所に合う一桁を読み取った瞬間、それが自分の社員番号の終わりの桁だと分かった。読んだだけだった。書いてはいない。それでも薄れていた一桁は私が読み取ったその桁で埋まり、切れていた五番目の束の最後の行が、六番目の束の最初の行へつながった。

机の上の端末が明滅しながら点いた。私はつけていない。本文欄に一行が書かれはじめた。最初の二桁が資料室のコードで、終わりの二桁が私の社員番号だった。私はその行を書いていない。ただ薄れた一桁を読んだだけだ。読んだことが書かれたことになって本文欄へ来ていた。読めば広がるというあの一行が、いま私に向かって広がっていた。

前任者は四つの束を読んだ者であり、五番目の束を書いた者であり、六番目の束を広げる誰かの受取人だった。その誰かが私だった。前任者が読んだ四つの手が束のなかで読まれる場所に置かれていたように、前任者もいまは、私が読んだ五番目の束のなかで読まれる場所に置かれていた。最後まで読んだ者が最後まで読まれる者になるということを、私はあのカードの警告を破ったあとでようやく読んだ。

私はあの空の箱をもう一度見た。受取人のなかった箱だった。いまその箱には六番目の束が一章だけ入っていて、その一章の受取人の欄は空いていた。次にこの席へ来る誰かのために、私はその欄を空けておくことにした。空けておくことが埋めることだと、五番目の束がすでに教えていたからだ。前任者が私に一桁を空けて残したように、私も一桁を空けて残すことになる。

資料室の蛍光灯は相変わらず一本が明滅していた。司書長と二人の司書補はそれぞれの机で名簿をめくっていた。五つめの机に新しい人が座ったことは知っていても、その人が何を読み、何に読まれたかは知らなかった。前任者の空いた机がなぜあれほどきれいだったのか、私はようやく分かる気がした。閉じられた席ははじめから誰も座っていなかった席のように清潔で、その上に新しい人が座れば席はまた埋まった。埋まった席は、次の順番を知らないまま仕事を引き継いだ。

我々は、もう少しだけ見ていた。そしていま、私もその我々のひとりだった。五番目の束を最後まで読んだ手が、六番目の束の最初の行を受け取る場所に来ていた。

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