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下りてきた席

The Descended Seat

  • 3,879字
  • 約8分

二月二十日。空の電文が昨日から机の上にそのままあった。

前任者の端末が、あの人の消える直前に受け取っていた空の電文一通と同じ形式だった。発信欄が空、受信欄が空、本文欄が空。昨日、資料室の欠員確定処理の様式を提出した直後に私の端末の画面のいちばん上へ上がってきて、その場所から動かなかった。更新を押しても最初の行は同じ空の電文だった。机から一度立って戻ったあとも同じ空の電文。端末は、私が別の作業をしているあいだもその空の電文を最初の行に固定していた。

発信欄が答えを求めていた。けれどその答えが何なのかを、私はまだ書いていなかった。

午前九時。人事部の告知が端末の二行目に浮かんだ。会社の定員削減は二席だった。資料室の一席——昨日、私の入力で欠員確定として処理された席。そして資源開発部の一席——測量技師が一人、欠員確定として処理されたと書かれていた。

測量技師の名を私は知らなかった。資源開発部の測量技師は危機の前には何人もいたが、危機のあいだに一人また一人と減って最後に三人が残った、という程度が私のその部署についての知識のすべてだった。名は知らず、社員番号を見た。

名を知らずに社員番号を見ることは、人を席として見ることだった。社員番号が指す席は会社のなかの一つの座標だった。部署・役職・年次・一連番号の桁の体系がその座標を作っていた。

資料室で昨日閉じた欠員の席の社員番号が、私の端末のメモに残っていた。前任者の社員番号だった。その番号と、今日、資源開発部で閉じた測量技師の社員番号を並べて置いた。

末尾二桁の差が、ちょうど一単位だった。

桁の体系で末尾二桁は一連番号の桁だった。同じ一連番号の桁に同じ単位の間隔があるということは、二つの席のあいだに同じ距離があるという意味だった。その距離を部署の単位に換算すれば、資料室で一人を減らし資源開発部で一人を減らしたとき、二人が会社のなかで占めていた席のあいだの距離がちょうど一単位だった。

他の部署の欠員確定の社員番号も端末から呼び出した。資料室 → 資源開発部 → 会計部 → 債権管理部 → 営業管理部 → 人事管理部のどれか一席 → 前任者が消える前に最後に入退室を記録した部署まで。会社のなかの七つの部署で、昨日と今日にかけて欠員確定として処理された七つの席の社員番号を一列に並べた。

同じ間隔だった。七つの席のあいだの六つの差が、すべて同じ一単位。

資料室の欠員番号に一単位を足すと資源開発部の欠員番号が出た。資源開発部の欠員番号に一単位を足すと会計部の欠員番号が出た。会計部に一単位を足すと債権管理部の欠員番号。債権管理部に一単位を足すと営業管理部の欠員番号。その一列を七つ目までたどると、七つ目の席の番号にもう一単位を足して行くべき次の一席の番号が、そこに座っていた。

席の入れ替えの単位が、もう一段下りていた。

会社から人へ、人から席へ、席から様式の空欄へ——そして様式の空欄が作り出す欠員番号のあいだの一定の間隔へ。その間隔が席の入れ替えの行き先を決めていた。一席を閉じれば一単位ぶん離れた別の席が閉じ、閉じた席が閉じればまた一単位ぶん離れたもう一つの席が閉じた。席の入れ替えは人ではなく席の列だった。

前任者の日誌の終わり近くは、しばらく社員番号についての覚え書きで覆われていた。あの人が測量した銅鉱の図面の上の枡の間隔と、ある部署の欠員番号の末尾二桁のあいだの間隔が同じ一単位だったという短い記録。私は昨日その覚え書きを読み返し、意味が掴めずそのままにしておいた。今日、人事の告知を見たあとでその覚え書きが見えた。図面の上の一枡が、会社のなかの一つの席の列だった。測量技師が図面の上に引いた一本の線が、会社の人事体系のなかで一つの席の列になるように、社員番号の桁が組まれていた。会社の席の体系と図面の枡が同じ単位を持っていた。二つの体系は分かれていたことがなかった。

私は自分の社員番号を端末に出した。末尾二桁。

七つ目の欠員番号に一単位を足すと、ある一席の番号が出た。

その一席の番号は、私の番号と末尾二桁が同じだった。

同じ末尾二桁は席の列を意味した。部署も役職も年次も違ったが、会社の席の配置体系のなかでの席の列は同じだった。同じ席の列にある私の番号とその一つの番号のあいだの距離は、部署にして二階ぶん。私が行ったことのない部署の一つの席の列。その席にいる人の名を私は知らなかった。

空の発信欄の答えとしてその一つの番号が入れば、会社の定員削減はそこで完結だった。

私はその番号を書かなかった。

発信欄に手を置いて、離した。離してから、同じ席の列のその一席を端末の人事照会で開いた。部署名が出た。役職が出た。年次が出た。名前が一字ずつ出た。一字が出はじめたところで、私は端末を消してしまった。

よく見れば、名前は私の指先で復元されるだろう。復元した名をまた発信欄に書くことは、昨日、前任者の名を欠員確定様式の氏名欄に書いたことと同じ一つの動作だった。手の形が同じなら結果の手触りも同じだった。昨日はすでにいない人をもう一度なくす仕事だったが、今日、同じ手の形で書かれる名は、生きている人の名だった。

名を見ないまま、私は机から立って資料室の端まで行って戻った。司書長は小さな机に背を見せて座っていて、二人の司書補はそれぞれ名簿を書き写していた。資料室のなかの生きている四人が——昨日、私の入力で生き残った四人が——同じ資料室のなかで同じ一単位ずつ離れて働いていた。席と席のあいだの間隔は、昨日までは意識に上らなかったものだった。今朝の七つの部署の欠員番号を見たあとでは、同じ資料室のなかで私と司書長のあいだ、司書長と司書補のあいだの席の間隔も、ちょうど一単位ずつ離れていることが見えた。

会社のなかのすべての席が一単位の間隔で列をなしていた。席の入れ替えの単位が、その列に沿って一席ずつ閉じていた。

端末を消してまたつけるまでの短い無為のあいだに、一つの考えがちらと通り過ぎた。席の入れ替えの単位がもう一段下りたかもしれないという考え。席から席の列へ、席の列から列の間隔へ、間隔から間隔のあいだの空いた場所へ——単位が下り続けるなら、最後の単位には、書く人も閉じる席もないどこかの場所だけが残るだろう。その場所に、私のいる席はない。

私は端末をまたつけた。

端末が更新された。

空の電文はそのままだった。発信欄が空、受信欄が空——本文欄。本文欄が昨日から空のままだった。けれど今日、二つの部署に欠員確定が処理されたあとで端末が更新されたその瞬間、本文欄には一字が書かれていた。

私は書いていない。

その一字は、私の社員番号の最初の字だった。

発信欄は空いていたが、本文欄が育ちはじめた。一字ずつ、私の社員番号をなぞって。私が書かない一字を、本文はみずから書いていた。本文欄の手は発信欄の手と同じ手だったが、私の手ではなかった。発信欄に答えを書く前に、本文欄が答えを先に書いていた。

席の入れ替えは、私が書くのをもう待たなかった。

空の発信欄は相変わらず空いていた。本文は一字ずつ育った。次の一字まで、私が端末を消しておくあいだに本文がどれだけ育つのかは——私が端末をまたつけるまでは分からなかった。

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