七月五日。受取人を決めずに、一行書いた。
九時半に、一揃いが戻ってきた。
六月の末日に、製本所へ送った。五つを糸で綴じ、背に資料番号を入れて戻ってきた。
厚さは指四本分だ。
背に書かれた番号は一つだ。中に、枝番が五つある。
九時四十分に、綴じられたものを数えた。
製本伝票に、八百六十五とある。四月の申請書の値だ。
数えると、八百六十六だ。
番号のない一枚も綴じられている。後ろから十一枚目の、あの場所だ。
製本所は枚数を数えていない。伝票にある数を写したのだろう。
十時に、最初の一枚を開いた。
合綴の表紙だ。欄が八つある。
表題と、資料番号と、枝番の一覧と、関係と、総枚数と、保管位置と、発行元と、編者だ。
七つの欄が埋まっている。四月に申請書に書いたとおりに写されている。
発行元の欄が空いている。
十時半に、要領を見なおした。
最初の一枚の下部に、付記欄がある、とある。
付記欄は欄ではない。行だ。枠がなく、下線が一本あるだけだ。
その他必要な事項、とある。何が必要な事項なのかは書かれていない。
十一時から十二時まで、何を書くかを見た。
五つを綴じたわけは、関係欄にある。
総枚数がずれたことは、余白にある。
番号のない一枚は、どこにもない。要約に入れず、枝番の一覧にも入っていない。
付記欄にそれを書けば、その一枚がはじめて欄に入る。
書けば、百七十八になる。書かなければ、まだ一枚でもなく、そうでないのでもない。
十二時半に、書かないことにした。
わけを書く場所がないので、余白に書いた。七月はじめての余白だ。
十二時四十分に、四つの最後の一枚をいつはじめて見たのかを探して読んだ。
一月十九日だ。登録作業の三日めだった。
そのときの日誌に、発行元が末尾に入れる文言だと書いておいた。
読む人のことを書いた文言だとは、書かなかった。そうは読めなかった。
一時に、付記欄に別のことを書いた。
一行だ。
この束を、次にこの行を読む人に渡す。
一時十分に、書いたものを読んだ。
受取人が、文の中にいる。人がいない。
数える人が来るのか来ないのか、書く場所がない。いつ来るのかもない。
何を残すのかも、書かなかった。
前任者の行は、切れた。私の行は、終わった。
どちらにも、何なのかがない。
一時四十分に、様式図を見た。
要領のうしろに、図がある。欄ごとに番号が付いている。
付記欄が第八欄だ。
同じ図に、枝番の最後の一枚がある。最後の一枚の下部もある。
発行表記欄、とある。
番号は、第八欄だ。
二時二十分に、四つの最後の一枚をもう一度開いた。
十三字がある場所が、第八欄だ。
私の一行がある場所も、第八欄だ。
一揃いの中で、その欄は一つだ。
三時から三時半まで、二つの行を比べた。
十三字には、送る側がある。受ける側がない。
私の行には、受ける側がある。その人がいない。
片方は、誰が見ているかを書き、誰に向けて見ているかを書かなかった。片方は、誰に残すかを書き、誰が残すかを書かなかった。
私の名前は、編者欄にある。付記欄にはない。
三時四十分に、あの十三字を声に出さずに読んだ。
我々はもう少しだけ、見ている。
一月に登録したとき、これを発行元が末尾に入れる文言だと書いた。
四月に、これを関係だと書いた。
今日は、これが私の行と一つの欄にある。
四時に、外部網の閲覧画面を開いた。
一揃いの行を開いた。
第八欄が出る。
私の一行が、画面にある。
照会する側が、それを読む。
四時十分に、回答の欄を探した。
ない。
三月に一通来たときも、なかった。あのときは、入ってくるものになかった。
今日は、出ていくものにない。
読んだ側が読んだと書く場所が、この部屋にない。
四時半に、右側の資料を開いた。
四百四章だ。増えた章の日付は、九八年八月三日だ。
私の日誌も、今日で四百四章めだ。
四時四十五分に、自分の日誌を見た。
四百四章だ。箱に入る六つめのもので、一揃いには入らなかった。
合綴は五つで申請した。六つに直すには、申請しなおさなければならない。
直せば、編者欄にある名前が、綴じられたものの一つになる。
四時五十分に、箱を開けた。
七つだ。跡は六つだ。百三十二日めだ。
去年の七月のものは、百七日だった。二十五日、越えた。
越えた日数を書く欄がない。余白に書いた。七月の二つめだ。
五時に、六つめの欄を見た。
千五百二十七だ。
五時十分に、照会記録を出した。一揃いの行が、昨日五度開かれた。英字八文字が四つだ。
五時半に、要領を閉じようとして、様式図の下の注を見た。
小さな字で、一行ある。
第八欄の記入者は編者とみなす、とある。
五時四十分に、表紙をもう一度開いた。
編者欄に、私の名前がある。四月に私が入れた。
四つの第八欄には、十三字が書かれている。
あの十三字を書いた側が編者なら、四つの編者がいる。
編者欄は、一つだ。