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今日付の電文

A Message Dated Today

  • 3,775字
  • 約10分

五月十八日。明日付が、今日付になった。

九時半に、枝番四を取り出した。

電信手の電文受発信台帳だ。三七年のもので、百五十四枚ある。

一行に、受信日時と発信日時と要旨がある。電文は九百十八件だ。

九日のあいだ、手で写した。数を写すときのように、二度書いて突き合わせながら進んだ。

九時四十分に、照会記録を出した。

九日のあいだに、一揃いの行が百六回開かれた。英字八文字が二十二だ。

一日に二、三度ずつだ。四月には、五日で三度だった。

十時から十一時まで、突き合わせた。

件数は同じだ。九百十八で、写しも九百十八だ。

受信日時は、すべて同じだ。

発信日時が、十九件違う。

十一時から十二時まで、原本のその十九を見た。

十九とも、発信日時が受信日時より一日あとだ。

受けた日の翌日に、送られたことになっている。

電信手が、百四十二枚目に書き留めていた。

受信より後の日付で発信された分、十九件、とある。回線の錯誤として処理する、とある。

その下に、四字ある。

応答セズ、だ。

十二時半から一時半まで、写しを見た。

十八件の発信日時が、受信日時と同じだ。

一日あとだったものが、その日になった。

原本でずれていたものが、写しで合った。

一時四十分に、十八件の要旨を見た。

どれも短い。数値が一つか、天気が一つか、船の名が一つだ。

受けた日にわかることではない。翌日に水がどれだけ満ちたか、翌日に風がどちらから吹いたかが書いてある。

原本では、それが明日付だった。明日のことが明日付で来たのだから、ずれていたのは日付だけだった。

写しで、それが今日付になった。日付が合った。

日付が合ったから、その日に翌日のことが書かれたことになる。

ずれていたものを合わせたら、もっとおかしくなる。

電信手は、回線の錯誤として処理した。回線の錯誤なら日付が間違っていたのであって、それなら中身はその日のものでなければならない。

中身が、その日のものではない。

電信手も、それを見たはずだ。見て、回線の錯誤と書いた。

一時半から二時まで、これがいままでのものとどう違うのかを書いた。

司書のものは、写しに行が一つ増えた。測量技師のものは、写しの値が大きくなった。灯台守のものは、写しが空いた欄を埋めた。

三つとも、写しが原本から遠ざかった。

今日は、近づいた。

八か月のあいだ、この部屋で写しが原本のほうへ寄ったことはない。いつも開いていった。

開いていくのと縮まっていくのと、どちらがよりおかしいのか、決める勘定がない。どちらも、写しが動いた。

二時に、十九件めを見た。

その一つは、合っていなかった。

発信日時の欄に、四桁の年が書いてある。

二〇〇〇年五月十八日だ。

二時十分から三時まで、その行を見た。

受信日時の欄を見た。

三七年十二月十六日だ。

この部屋でその日付を見るのは、五度めだ。

発信が、受信より六十二年あとだ。

三時に、原本のその行をもう一度見た。

原本では、三七年十二月十七日だ。

受けた日の翌日だ。ほかの十八と同じだ。

原本では一日あとで、写しでは六十二年あとだ。

十八は引き寄せられ、一つは押しやられた。

三時十分に、時刻を見た。

発信日時の欄には、時刻もある。

午後五時十分だ。

いまが、三時十分だ。

三時二十分から四時まで、何を書き留めておくべきかを見た。

この部屋に来たのではない。電文が来たのではなく、台帳の一行がそうなっているだけだ。

台帳は三七年のもので、その行は六十三年前に書かれた。

六十三年前に書かれた行に、今日の日付がある。

その行を書いたのは私の手で、九日のうちに書いた。いつ書いたのか、覚えがない。十四番潮の二十六か所も、覚えがない。

四時十分に、右側の資料を開いた。

三百五十六章だ。増えた章の日付は九八年六月十六日だ。

私の日誌も、今日で三百五十六章めだ。

四時四十分に、箱を開けた。

七つだ。跡は六つだ。八十四日めだ。

五時に、六つめの欄を見た。

九百三十五だ。

五時五分に、一月一日に書いたものを探して読んだ。

二桁で書かれた年が繰り越したとき、昨日と明日が一つの値になった。九九年十二月三十一日と二〇〇〇年一月一日が、画面で一つの欄に入った。

あのときは、様式が二桁だったからそうなった。桁が足りず、二つの日が一つの欄に入った。

今日のものは、四桁で書かれている。

桁は足りている。

五時十分になった。

何も起こらなかった。

音もなく、画面もそのままだ。電話も来なかった。

机にあるのは、九日前からある紙と、今朝からある紙だ。

五時二十分に、その行の要旨の欄を見た。

空いている。

原本でも空いている。

十九件のうち、要旨が空いているのはその一つだけだ。

残りの十八には、どれも何が来たのかが書いてある。

五時四十分に、その欄に何を書くかを見た。

書くことがない。来たものがない。

来なかったと書く欄もない。

電信手は、応答セズと書いた。その四字を書く場所が、電信手の台帳にはある。

写したのだから、私の写しにもある。

その場所が、いま空いている。

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