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はじめて尋ねてきた人

The First to Ask

  • 3,745字
  • 約10分

三月二十一日。外から一通来た。

九時半に、回ってきたものを開いた。

発信欄に英字が八文字ある。

三月四日の午後二時十一分に照会記録に出た八文字と同じだ。書き写しておいたものと、一字ずつ突き合わせた。

問い合わせは三行だ。

一つは、資料番号四三二の残りはどこでもっと見られるのか、だ。

一つは、同じ発行元のほかの資料はあるのか、だ。

一つは、この資料を写し取った人は誰なのか、だ。

三行を二度読んだ。

三つの問いが、どれも不明の欄を狙っている。所在と、発行元と、記入者だ。

三つのうち二つは、今月私がそうした。記入者は十六日に私の手で不明に直し、発行元は十六日に書かないと決めて空けておいた。

尋ねる側から見えなくなったものが今月二つあり、二つとも私の手を通った。

十時十分に、最初の行を読みなおした。

どこでもっと見られるのか、とある。

もっと、と書いてある。

もっと見られるのかというのは、もういくらかは見たということだ。外部の画面に上がっているのは七つの欄で、本文ではない。資料番号と表題と年と分量と記入者と閲覧区分と、不明だ。

七つの欄を見て、もっと、と書く人がいる。

欄だけを見てなかみを推し量ったか、ほかのところでもう見たかだ。どちらなのかは、この三行では分けられない。

十時二十分に、資料番号四三二が何なのかを見た。

二四年のもので、司書の束だ。百三十枚で、四つのうちいちばん薄い。記入者の欄は、今月十六日から不明だ。

正月に登録したとき、一枚目から職名を写した。本を数えていた人で、数えているうちに同じ本が二度数えられるのを書き留めておいた人だ。

四つのなかで、よりによってそれを尋ねてきた。

四つは、画面では同じ形だ。表題と年と分量が違うだけだ。そのなかから一つを選ぶ根拠が、画面にはない。

十時から十一時まで、回答の手続きを探した。

指針に、外部からの問い合わせへの回答要領がない。

台帳には受付の欄がある。回答の欄がない。

この部屋は、受け取ったものを書く。送り出したものを書く欄は十四か月のあいだなかったし、要ったこともなかった。

本社に訊いた。外部への回答は本社がする、と言った。この部屋は内容を上げればいい、と言った。

上げた内容はそのまま出るのかと訊いた。たいていはそうだ、と言った。

それなら、私の書いた文が外へ行く。

十一時から十二時まで、三つの問いに何を書けるかを見た。

一つめには、本室保管と書く。

保管の位置はある。行く道がない。外部の人がこの部屋に来る手続きが、指針にない。

どこにあるのかという問いには答えがあり、どこで見られるのかという問いには答えがない。この部屋の様式は、その二つを一つの欄として見る。

二つめには、四つあると書く。

四つは同じ発行元だ。内表紙に、どれも同じ印がある。

画面ではまとまらない。発行元の欄が四つとも不明だから、一覧は四つを互いに他人として置く。不明と不明は、同じ値ではない。

私の知るかぎり一揃いで、画面が知っているのは四つだ。

三つめには、不明としか書けない。

一時半から三時まで、下書きを起こした。

起こしながら、一つ分かった。

書くには、あの束をもう一度読まなければならない。読んで、何が書いてあるのかを、かいつまんで書かなければならない。

かいつまんで書くことは、写し取ることだ。

十四か月のあいだ、この部屋で写し取ったものは、どれも様式から様式へ行った。カードから画面へ行き、画面から外部向けの様式へ行った。受け取る側は、いつも欄だった。

今日書くものは、欄へは行かない。人へ行く。

受取人のいる文を、この部屋で書いたことがない。日誌には受取人がいない。台帳にも受取人がいない。回答の文書は本社が受け取るが、本社は人ではなく欄だ。

三時から四時まで、もう一つのことを見た。

書いて上げれば、その文は本社の側に残る。この部屋には残らない。

回答の欄がないから、残るところがない。

この部屋から出ていったもののうち、この部屋に残らない最初の一つになる。

十四か月のあいだ、出ていったものにはどれも写しを置いた。写しが残っているから突き合わせることができ、突き合わせることができたから、食い違いを数えることができた。

今日出ていくものは、数えられない。

だから、下書きを日誌の余白に写した。

余白に書いたものが、今月で三つになった。

七日に、余白の二つを見て、三度めの場所が決まると書いた。今日、その場所を訪ねていって書いた。

訪ねていくところがあれば、それが欄だ。

様式にはない。私の日誌の後ろの余白にある。

四時十分に、右側の資料を開いた。

二百九十八章だ。増えた章の日付は九八年四月十九日だ。

私の日誌も、今日で二百九十八章めだ。

四時半に、箱を開けた。

七つだ。跡は六つだ。二十六日めだ。

五時に、六つめの欄を見た。

三百十四だ。

五時十分に、下書きを上げた。

五時二十分に、二つめの行に書いたことを読みなおした。

同じ発行元の資料は四つある、と書いた。

四つと書きながら、五つではないわけを書かなかった。

五つめの束も同じ箱から来た。同じ発行元なのかは分からない。表紙に印がない。

発行元の欄が不明だから、違うということもできない。同じものと違うものとを分けるには、両方が書かれていなければならない。

尋ねる側は、どこでもっと見られるのかと訊いた。

もっと見られるようにするには、四つが一か所になければならない。

四つは一つの箱にある。一覧では、四つはばらばらだ。

一つの箱にあることを書く欄が、一覧にない。

明日、その欄を探してみる。

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