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発行元の欄

The Imprint Field

  • 3,852字
  • 約10分

二月十六日。発行元の欄を探すのに、一日かかった。

九時十分に外部の画面を開き、四つを全部見た。

昨日は一つ見て閉じた。残りの三つも同じだった。

欄が七つあり、六つに字がある。資料番号と表題と年があり、分量と記入者と閲覧区分がある。七つめが発行元だ。

四つの発行元はプナコティック文庫だ。書くところがないので空けた。空けた欄が、画面では言葉になっている。

この部屋で空けた欄は、これまで空いていた。終了の欄を空ければ何も出てこないし、年の欄を空ければ一覧で〇〇になる。〇〇は値だ。値は欄のなかにある。

今日、空けた欄から出てきたのは、値ではなく言葉だ。

十時から十一時まで、指針を読んだ。

発行元の記入要領は第十二条だ。刊行物に表示されているとおりに書く、とあり、表示がなければ空ける、とある。空ける場合はそれ一つきりだ。

プナコティック文庫には表示がある。四つの束の内表紙に、どれも捺してある。表示されているとおりに書けば、プナコティック文庫だ。

その次が第十三条だ。定期刊行物が廃刊になった場合は、廃刊の年を括弧に入れて書く、とある。

廃刊の欄がある。廃業の欄がない。

出たものが終わった場合を書く欄があり、出していたところが終わった場合を書く欄がない。しばらく、その二つがなぜ違うのかを見ていた。刊行物は数えられる側で、発行元は数える側だ。数えられる側が終わることは様式が用意してあり、数える側が終わることは用意していない。

十一時二十分に、本社に電話した。

担当者に、どの欄かと訊かれた。発行元だと答えた。表示はあるのかと訊かれた。あると答えた。それなら書けばいい、と言われた。

廃業したところだ、と言った。

少し間があった。

書けば現行の発行元索引に載る、と言われた。索引は現行のものしか載せない。廃業したところを現行として載せる根拠がないから、空けておいてくれ、と言われた。

空ければ画面には不明と出る、とも言われた。表示の規則で、この部屋が決めることではない、と。

切ってから、今日聞いた言葉を書き出してみた。

根拠がない、という言葉を二度聞いた。昨日、五つめの束を外したときも根拠がなかった。あのときは根拠がないのに外し、今日は根拠がないから書けない。

同じ言葉が、昨日はさせて、今日はさせなかった。どちらが様式で、どちらが私の決めたことなのか、見分けがつかない。

十二時から十二時半まで、四つの束の内表紙をもう一度見た。

四つとも同じ場所に捺してある。下のほうの真ん中で、印刷ではなく印だ。字が九つあり、その下には何もない。年がなく、所在地がない。

捺されたものは、そのところがあったという事実しか書かない。いまあるかどうかは書かない。欄が訊いているのは、いまだ。

印は五十年たっても変わらない。変わったのは捺した側だ。

廃業と書かれたものがこの部屋にあるかどうかを、そのとき探してみた。

ない。

カードになく、索引になく、日誌にない。四つの束のどこにも、そのところが終わったという言葉がない。

終わったという事実を自分がどこで知ったのか、今日はじめて探してみて、見つけられなかった。正月に登録したときには、もう知っていた。知っていて、書かなかった。

十二時四十分に、三階の人が下りてきた。昨日、訊きに来て帰っていった人だ。

誰が見ているのかと訊かれた。六つめの欄を開いて見せ、六十八だと言った。三階の人はのぞきこんで、これが全部人なのかと訊いた。

分からない、と答えた。

三階の人は発行元の欄を指して、ここはなぜ空いているのかと訊いた。なくなったところだ、と答えた。それならなくなったと書けばいいじゃないか、と言われた。

書く欄がない、と答えた。

三階の人は笑って、ないならつくればいいじゃないか、と言って上がっていった。

上がっていく足音を聞きながら、その言葉を二度考えた。つくるのはこの部屋の仕事ではない。この部屋はある欄を埋める。十三か月そうしてきて、その言葉が今日はじめて妙に聞こえた。

一時十分に、記入者一覧の返事が来た。

四つを不明に直せという指示がもう一度来て、今度は期限がある。二月の末日までだ。

要領が付いている。氏名が確認できない記入者は不明に統一し、同じ表記は一行にまとめる、とある。

不明に直す欄がある。まとめる要領もある。

午前になかったものが、午後にはある。午前になかった欄は知っていることを書く欄で、午後にある欄は知らないと書く欄だ。

二時から三時半まで、一覧を直した。

測量技師と司書と灯台守と電信手を、不明に直した。四つが同じ表記になったので、一行にまとまった。

六つが三つになった。

一行めが本人で、二行めが不明で、三行めがキム・ドギョンだ。並びが最後の記入日の順なので、不明の行の最後の記入日は、四つのうちいちばん遅いものになった。三七年だ。

二三年と二四年と三四年が、一覧から消えた。資料はそのまま四つで、行が一つだ。

三時四十分に、列に立っていたもののことを考えた。

ひと月あまり前、六つが一つの列に立った。今日、その列が三つだ。行を消したのに資料は減っていないのだから、減ったのは人だ。

人が減ったのではなく、人を数える欄が減った。その二つを、この一覧は分けない。

四時に、右側の資料を開いた。

二百六十四章だ。増えた章の日付は九八年三月十六日だ。

私の日誌も、今日で二百六十四章めだ。二つの数が同じだ。十三か月並んで来て、今日も並んでいる。

四時半に、外部の画面をもう一度開いた。

記入者の欄が不明だ。発行元の欄が不明だ。

一行に不明が二つある。

一つは、私が今日の午後に書き入れた。一つは、私が書かなかったから画面が書いた。

画面の上では、二つは同じ字だ。太さが同じで、場所が並んでいる。見る側からは、どちらが知らないことで、どちらが知っていることなのか、見分ける手がかりがない。

五時十分に、六つめの欄を見た。

七十一だ。朝は六十三だった。

五時二十分に、発行元の欄にカーソルを置いてみた。

十字入る。プナコティック文庫は九字だ。

書かなかった。書く根拠がない。

根拠はないのに、私は知っている。

知っていることを書く欄がこの様式にない、ということを、今日一日かけて確かめた。ないということ一つを確かめるのに、一日かかった。

明日もその欄はない。空いたまま、不明と出ているだろう。

不明ではない。

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