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二つの十二月十六日

Two December Sixteenths

  • 4,143字
  • 約10分

十二月十六日。朝、この日付をいくつ持っているのか数えてみようと座った。

十一月八日に、カードが終わった。

十二番目の抽斗の最後の一枚の横に四桁を書いて、抽斗を閉めた。閉めてから数えてみると、七千三百六十二枚だった。一月に勘定しておいたのは七千三百四十だ。二十二枚が勘定の外にある。

終わりのある仕事だと、十月に書いた。終わった。勘定どおりではなかった。

それから三十七日が過ぎた。

そのあいだにも、請求を受けて箱を出し、台帳に書く仕事はあった。その仕事には手がいる。ただ、増やすものがない。直すところがなく、移す紙がない。朝に検索をかけて数を書き、そのあとは読む。

この部屋で私がする仕事は、読むことだけだ。

三十七日のあいだに、五つめの束を三度読んだ。

百七十六枚だ。各枚の頭に書かれた番号は六十六で止まる。一日に何枚も書いた日が多く、紙で数えればそれよりずっと多い。一枚目は九七年十月二十七日で、箱が来た日もその日だ。箱を受け取ってから、その人はなかの四つを写し取った。会社に命じられた仕事ではない、と書いてある。命じられたのは古い帳簿をフィルムに写すことで、四つはその合間にやった。

写した数が原本より大きくなるくだりが、三十一か所ある。三度数え、あるいは四度数え、そのたびに三度とも同じ側へ大きかったと書いている。合わないわけを書いたところはない。わけを書くべきところには、次に何をやってみるかという行がある。

八か月のあいだにこの部屋で見たものと同じくだりが、いくつあるか数えてみた。十九だ。写しが一日先に書いたのと同じくだりがあり、目録にない日付が先に出たのと同じくだりがある。向こうは紙で、こちらは画面だ。紙と画面が違うのに、くだりが同じだ。

百七十六枚のどこにも、これが何なのかを書いたところはない。問いが百ほどあって、答えたところはない。

十九と書いておいて、一つ確かめようとした。二年を隔てて同じことが繰り返されているのか、それとも一揃いがもう一揃いを追っているのかだ。

追っているのなら、どちらが先かがなければならない。日付では向こうが二年先で、私がそれを読んだのは今月だ。読んだあとで同じになったのではなく、読む前からもう同じだった。

読む前から同じだったことは、私には確かめられない。八か月分を書いておいた日誌があるのだから、確かめられる。その日誌が私の手で書かれているから、確かめにならない。

それを呼ぶ言葉は、七月に見つけておいた。四つの束は最後の丁の下に、四つとも同じ一行をつけている。

我々はもう少しだけ、見ている。

十一月二十八日に、本社の整理の指針が来た。

十月三十一日付のあの行を、資料なしとして整理せよ、とあった。整理した。行は消えない。行の下に、整理の印が一行つく。

その資料番号でかかっている行が五つになった。十月には四つだった。

直せという指針に従ったら、一つ増えた。驚かなかった。驚かなかった、とその日の日誌に書いた。

九時半から十一時まで、十二月十六日を数えた。

一つめ、右側の資料の終了日の表示が九七年十二月十六日だ。十一か月前から、その表示がある。

二つめ、前任者の依願退職の日が九八年十二月十六日だ。一月に受け取った引継書の一枚目に書かれていて、そのあと何度も見た。ノートの最後の字も、その日付だ。

三つめ、今日が九九年十二月十六日だ。

三件と書いてから、箱を開けた。

五つめの束の、字のある最後の一枚の日付が十二月十六日だ。年の欄が空いている。十一か月数えてきたやり方では、これを三つのどこにも入れられない。四つめだ。

一時に、試験用の機械をつけた。

十月に時計を繰り越させて、戻さないままにしてある。戻すのに半日かかり、戻せばまた試験することが出てくる。あの機械は〇〇年を生きていて、別冊の日誌を別に回している。

今日の日付を照会した。

一九〇〇年十二月十六日と出た。

五つめだ。

並べ替えを見た。今日のものが一覧のいちばん上にある。一九〇〇年は四つの束の四つの年のどれよりも前だから、ひっくり返った一覧では今日が最初の行だ。十月にそれをはじめて見て、六か月ぶりにはじめていちばん上の欄を占めた、と書いた。二か月目もその場所にいる。

三つを数えようと座って、五つを書いた。

数えることが増やすことだと、この部屋で学んだ。閲覧数でそう学び、カードでそう学び、日付の桁でそう学んだ。増えたのはいつも物か、数だった。

今日増えたのは、日付だ。

日付は、この部屋にある物ではない。紙でもなく、ファイルでもない。紙とファイルに書かれるだけだ。書かれる場所が増えれば、日付が増えたのか、書かれる場所が増えたのか、私には分けられなかった。

一時半から二時まで、五つを並べて眺めた。

五つのうち三つが、席の閉じた日だ。九七年の十六日に右側の人の隣の席が空き、その人の日誌がその日付で終了の表示を受けた。九八年の十六日に前任者が依願退職した。年のない十六日に、五つめの束の字が止んだ。

四つめは一九〇〇年で、その年にこの部屋はなかった。

五つめが、今日だ。

二時半に、三階の人が下りてきて箱を受け取っていった。年末だから静かか、と訊かれた。静かだ、と答えた。三十一日に当直なんだってね、大変だな、と言って上がっていった。

通達は三時に来た。

十二月三十一日の夜間当直の指示だ。電算室一名とあって、名前の欄に私の名前が書かれていた。

一月に着任してから、本社の通達に私の名前が前もって入ってきたことはない。部署宛てに来て、社員番号で来た。

三階の人が二時半に知っていて、通達は三時に来た。

三時半に、右側の資料を開いた。

二百十一章だった。増えた章の日付は九八年一月二十二日だ。終了日の表示はまだ九七年十二月十六日だ。三十七日を越えた。

終了の表示を受けた日誌が、三十七日ぶんをさらに書いた。

四時から五時まで、その三十七章を読んだ。九八年一月だ。その月にこの会社が何をしたかは、紙の台帳にある。あの日誌には、何を写し、いくつ数え、いくつ合わなかったかがある。

欄のなかは様式どおりで、欄の外に文が混じる。三十七章で六つだ。

六つとも、問いだ。

その六つのうちの一つを、五つめの束のなかに見つけた。束の百十二枚目に、同じ問いが地の文である。日誌のほうは欄の外に一行で、束のほうは前後にさらに六行がついている。

一人の人が、二揃いを書いた。欄のあるところに一行を書き、欄のないところに七行を書いた。

欄は、その人の六行を受け取らなかった。私の欄も私の九行を受け取らず、私はそれを、様式を守ることだと思っていた。

五時半に、五つめの束を取り出した。

三十七日のあいだ、百七十六枚から増えなかった。この部屋で増えないものは珍しいので、毎日数えておいた。

今日は、百七十七枚だった。

増えた一枚を開いた。日付は十二月十六日だ。

年の欄に、二桁が入っていた。

〇〇だった。

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